志穂 1
そして志穂はぽつぽつと夏海が疑問に思っていたことを話し始めた。
「私には結城と結婚する前、お互いで結婚を約束した方がいたんです。
しかし、父はそれを知りながら、結城との縁談を進めました。『会うだけで良い』と言いながら、その一方で、会社の利害関係が絡んでいるのも明白で、『受けなければ会社はどうなるか分らない』とも仄めかされました」
志穂の話を聞きながら、夏海はふと自分の事を聞かされているような気分になった。父親と母親の違いこそあれ、別に恋人がいたこと、会うだけでいいと言われながら押し切られた事など、他人事だとは思えなかった。
「だから、私の方からお断りはできませんでした。なので、思い切って私は、見合いの席で結城に『差し支えなければ結城さんの方からお断り願えませんか』と言ったんです」
いきなり彼女の方から断られたというのはどうも本当の事の様だった。では、あの龍太郎からのとんでもない申し出も事実なのだろうか。志穂は話を続けた。
「その時、結城はこう言ったんです。
『僕から断っても、事態にあまり変わりはないと思うよ。あの人は自分が手に入れたいものは、どうしたって手に入れる人だからね。むしろあの人の思い通りにならなかった腹いせに、君のお父様がどんな目に遭うか。
それで、これは提案なんだけど、君がもしも……もしもどうしても僕の事を我慢ならないと言うのでないのなら、形だけ夫婦のフリをしてもらえないだろうか。彼との付き合いは続けてくれて構わないよ。寧ろ僕の事なんか気にしないで続けてほしい』と」
「偽装結婚……」
志穂は思わず出た夏海の言葉に頷いた。
「そうです、どうせ逃れられないのなら、それで父の会社が救われるのならと、私は彼を説得して結城と結婚する道を選んだんです。
でも、一旦は納得した彼でしたが、次第にどんどんと不機嫌になっていったんです。彼は結城の私に対する態度が優しすぎると言いました。本当にお前らは偽装なのかと、実は結城とつながっているのだろうと……
私たちはケンカが絶えなくなり、私は結婚後、程なく彼と縁を切りました」
彼ら夫婦が偽装結婚だったことは事実だった。しかし、結婚後すぐに志穂は恋人と別れてしまったと聞き、さらに驚いた。秀一郎は、龍太郎の話では結婚二年目の子供だ。という事は、父親はまた別にいるということなのか。夏海の脳裏に一人の人物が浮かんだ。
夏海はもう、続きを聞くのが怖くなっていたのだが、志穂は尚も続けた。
「これでもう本当の夫婦になれるというのに、私は何故だか彼と別れたことを結城に言えずにいました。それこそ結城は私と彼を二人で一つのように扱ってくれていましたから。そして、彼と別れた私は、急速に男として結城を見るようになっていったんです
いえ、もしかしたら私は本当のところ、結城の申し出を受けた時から、偽装を持ちかけた時、駆け落ちをしてでも私を選ぶと言ってくれなかった彼よりも、結城に惹かれていたのかもしれません。それに意味は分らなかったのですが、なんとなく結城は彼との関係を続けることを望んでいるような気がして言えなかったんです。
私は、結城には彼との関係が続いているように装いました。」
偽装結婚を偽装する。そんな不思議な結婚生活を志穂は選択したと言うのか……
「そんなある夜、結城は梁原さんと久しぶりに飲むんだと、夕方嬉しそうに電話をかけてきました。でも、帰ってきた結城はそれこそべろんべろんという言葉がぴったりなほど酔っていて、帰って来て結城はすぐに寝室に向かったんです。
心配になった私が寝室に行くと結城はベッドに丸まるように座っていました。私、それを見てるとなんだかとても切ない気持になってつい……結城に首筋から抱きついてしまったんです。
結城は、ひどく驚いた様子で私を見ました」