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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
5/71

君子豹変

 それまで、夏海は龍太郎に他の女性の存在を感じたことはなかった。

特にそういうことに敏感だとは言えないけれども、自分がいなければ特に片付けたりしない彼の事だから、そういったことがあれば現場を目撃しないまでも感じるものはあったはず。彼女には一切そういうものが感じられなかったのもあって、その時は憤慨して家に戻ったものの、その週末には相変わらず彼の許を訪ねた。

しかし、待っていたのはそれまでとは全く別人かと思われるような男に変わってしまった龍太郎だった。

 しかも、お坊ちゃん育ちの柔らかい言葉づかいから放たれる一言一言が夏海をぐさぐさと傷つけていった。

「私は結婚したいって言ってる訳じゃないわ。この前はお母さんが変なこと言うんだもん。だからつい……」

「つい? 君のお母さんが君に何を言ったかなんて僕は聞く気もないけど、思ってもいないことは人間言えないものだよ」

確かに人は、全く考えも及ばないことを口にはできない。私の中にも長い付き合いなんだから当然結婚を……という意識があったことは否定できない。だけど、彼に言われてようやく気付いた。私はただ、龍太郎と一緒にいたいだけなのだ。一緒に居られさえすれば、形なんてどうでも良い。夏海は本心からそう思っていた。

「私やっぱり龍太郎から離れられない。今のままで良いから、側にいるだけで良いから……」

涙をこぼしながらそう言う夏海を龍太郎は鼻で笑った。

「止してよ、そんな言い方。そんな心にもないこと言わないで。今はともかく、僕が歳を取ったら気持ちも変わってなんて考えてるんでしょ。残念だけど、それはありえないから。」

そう言った彼は、薄く笑っていた。

「僕は一生誰とも結婚する気はないし、その気持ちは変わらないよ」

「だから、結婚なんて望んでないわ。今のままで良いのよ。今まで通り、ね」

そう言って、夏海は龍太郎の胸に顔を寄せようとした。しかし、彼は静かにそれを払い除けた。

「そうか……今は本気でそう思い込んでいるのかな、海は。でもね、長い時間が経てば、そう言ったことを後悔する日が来るよ、きっと」

「後悔なんかしないわ! 絶対」

龍太郎の醒めた発言に夏海が声を荒げると、彼はゆっくりと頭を振った。

「するって、僕たち何年一緒にいるの。」

(じゃぁ、私が今まであなたに感じていたものの方がウソだって言うの?)夏海はそれを口に出そうとして止めた。今の龍太郎なら、それを肯定しそうだったからだ。


「もう、遅いんだ……」

唐突に龍太郎はそう言った。

「何が遅いのよ。ちゃんと解かる様に説明して!」

「海……僕たちこれで終わりにしようよ。それが海にも一番良い。僕はそれに気付いたんだ。だから……」

そう言うと彼は夏海に背を向けた。

「バカ!バカ、バカ、バカ、バカ……どうしたらそんな結論になるのよ……」

夏海はそんな龍太郎の背中に拳を打ちつけながら涙を流して返した。

「これ以上一緒に居たって、僕は海を傷付けることしかできないよ。だから、別れよう。僕はもう、決めちゃったんだ。もう……遅いんだよ」

龍太郎は天井を向いて一方的に別れを告げた。そして、縋ろうと差し出した夏海の両手を乱暴に振りほどいて、ベランダに向かって歩いて行った。


 やがて、夏海が龍太郎の部屋にある数少ない彼女の荷物をのろのろと紙袋に詰め始めると、龍太郎が彼女に近づいてきた。彼は右手を差し出すと、

「海、この前の忘れ物。」

と言って、彼女がこの前投げつけたデザインリングの箱を彼女に渡そうとした。

「もう要らないわよ、こんなの……捨てて。それと……」

夏海はそれを押し返した後、自らの鞄を探って、このマンションの鍵をとりだした。

「キーホルダーはそっちで外してね。何なら、それも捨てたら? ついでに鍵まで替えちゃうのもいいかしら。新しい女には新しい方が良いんじゃない?」

それは彼女の誕生石、ルビーをあしらったもので、彼から送られたお気に入りの品だったが、持って帰ったとしても、これからは見る度に悲しくなりそうだと思ったからだ。龍太郎は無表情にそれを受け取ると、

「そう……じゃぁ僕、送らないから。支度が済んでも声、かけなくていいよ。これから仕事しなくちゃならないんだ」

と言ってパソコンの前に陣取り、何やら書類を作成し始めた。


 そして、荷物を詰め終わった夏海は、何度も何度も振り返りながら彼の部屋を後にした。その間も、龍太郎は一度も彼女を見ることなく仕事に没頭していた。

 こんなにあっけなく終わってしまっても良いの? 夏海は玄関のドアを閉じた後、そのドアにもたれながらしばらく声を押し殺して涙を流し続けた。立ち去る音がしないのだから、彼女がそこに居ると龍太郎にも判っているだろうに、彼が出て来ることはついぞなかった。 


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