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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
44/71

引き戻されるとき


 そして平成二十一年四月、未来は高校生になった。龍太郎と出会った歳になった娘を、夏海は入学式の朝、眩しそうに見つめた。この子はこの高校生活をどんなふうに過ごすのだろうか。私は……そう言えばずっと龍太郎と一緒だった。


 娘に二十八年前の自分を重ね見たからかもしれない、夏海はそれからしばらくして龍太郎の夢を見た。

「海、みぃつけた!」

と、些か子供じみた言い方で夏海を呼び止めた懐かしい声。その声に振りかえると、龍太郎が赤ん坊を抱いて満面の笑みでこちらを見ていた。赤ん坊はピンクの装いをしていたので、女の子なのだろう。龍太郎はその子に目を映すと、優しく揺する、するとその子は声を立てて笑った。その笑顔に龍太郎の顔が尚綻ぶ。

 それから龍太郎は再び目線を夏海に戻すと、

「海……僕は、最初から君だけを愛しているよ」

と唐突にそう言った。そして、驚いている夏海からすーっと潮が引くように彼らは遠ざかって行った。その際、龍太郎はもう一言何か口にしたのだが、その言葉は耳が良いはずの夏海にも聞こえなかった。ただ唇は、

『待ってる』

と動いた気がする。

 龍太郎の姿が見えなくなった途端、夏海は夢から目覚めた。


「ねぇママ、何かあった? 顔色良くないよ。ぼーっとしてない?」

朝食のトーストを未来に渡すと、未来は夏海にそう言った。

「変な夢を見ただけよ」

「どんな?」

 しかし、どんなと言われても……とても詳細は話せない。そう思いながら、夏海はそれには答えずに朝のニュースワイドに目をやった。CMが明け、ローカルニュースのコーナーに入ったところだった。

 そして、夏海はその次の瞬間、アナウンサーが読みあげたそのニュースに耳を疑い、呆然と固まってしまったのだった。


――ニュースです。本日未明、東京都新宿区のマンションの八階から男性が誤って転落、頭を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認されました。

 男性は株式会社YUUKIの代表取締役常務、結城龍太郎さん四十四歳で、結城さんは転落時かなり酒に酔っており、遺書などもないことから、警察では酒に酔った結城さんが誤って転落、死亡したものとみて捜査を進めています――

マンションから転落? ウソ……龍太郎が、死んだ?……


「ママどうしたの? 真っ青だよ。座んなよ」

夏海は明日香にそう言われて、はっと我に帰った。

「ねぇ、この人ママと同い年だけど、もしかして知り合いだったりする?」

未来が流れたテロップの年齢を見て、夏海にそう尋ねた。

「たぶん、高校の同級生……」

夏海は未来の問いかけにやっとそれだけを答えた。

「ま、マジ?」

思わずそう言った未来に、夏海は蒼白になって震えながら頷いた。その様子を見て未来は、もしかしてただの同級生ではないのかもと、直感的にそう思った。


 その時、リビングで電話が鳴った。夏海は反射的に走ってそれをとっていた。悠の声がした。

「な、夏海、ニ、ニュース見た? 結城、だよね、アレ」

かけてきた悠の方も要領の得ない口調で夏海に話しかける。

「うん、見た。たぶん、あいつだよ。あの辺に住んでるって言ってた」

「へっ、いつ会ったの!」

「……十年も前だけど、新宿で偶然……」

「そっか、一体何があったのかな」

「分からないわ」

もう、何が何だか分からない。あの時愛人になれと言い、それから茶飲み友達になれと言った龍太郎はもうこの世にはいない。そんなこと、どうして信じることが出来るだろう。

「夏海、そんなとこでどうした? そろそろ準備しないと遅れるぞ。俺は行くからな」

そこにトイレから出てきた雅彦が呑気にリビングに現れた。背の高さは約二十センチ、顔も体型も全く違うはずの雅彦が、夏海には一瞬龍太郎に見えて……

―海、僕は君だけ愛しているよ―

と夢と同じ声が聞こえた。

 もしかして、最後に私に会いに来てくれたの? 夏海はそう思った途端、堰を切ったように涙が流れだし、

「りょぉたろぉ……何で、何で、死んじゃったのよぉ……」

と呻くように何度もつぶやいて泣き崩れていた。


 突然泣き出した妻に驚いた雅彦は、夏海が力なく放り出した子機を手にした。

「もしもし、夏海? 大丈夫? 返事して!」

受話器からは妻の一番の親友の彼女を心配する声が聞こえてきた。

「悠、ちゃん?」

「あ、マーさん……夏海は大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ところで、これは一体どういうことなのか説明してくれないかな」

大丈夫かと聞かれても、事情の分らない雅彦には、この事態をどう判断してよいのか判らずにいた。

「それはその……結城、あっ……いえ、私には上手く言えないと思う」

それで悠はその詳細を一旦言いかけたのだが、問われている相手が当の夏海の夫だという事に気づいてその言葉を呑み込んだ。自分が下手な説明をしてしまうと、折角の良い夫婦仲にひびを入れてしまいそうだ。

「あのね、ママの同級生がマンションの八階から落っこちて死んだんだって。さっきのニュースでやってたの」

その時、明日香が雅彦にそう説明した。

「明日香、それパパに言うんじゃない!」

慌てて未来が明日香を窘める。

「だって、ママが言ったんだよ? この人ママの高校の同級生だよって」

しかし、それがどうして父親に言ってはいけないことになるのだろう。明日香は理解できずにそう反論していた。

「とにかく、今は夏海を支えて上げてください。私にはそれしか言えません。じゃぁ、また詳細が分かったら、連絡入れるって夏海に言っといてください」

そのやり取りが聞こえたのかどうかは判らないが、悠はそう言うとそそくさと電話を切ってしまった。

 雅彦は子機をホルダーに戻して夏海を見た。彼女は既に泣くのを止めてはいるが、放心状態になっている。まるで暁彦を失った時のようだ。雅彦は夏海を引き寄せ抱きしめた。すると、彼女はびくんと肩が揺らし、戸惑ったように、

「マーさん……」

と夫を呼んだ。

「明日香、学校に行くよ。ママはパパに任せればいいから」

「う、うん……」

未来はその様子を見ると、そう言って明日香の背中を押して、一旦子供部屋へと入って行った。 


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