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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
41/71

愛してる?

 別れた後も夏海の頭の中で、龍太郎の発した一言一言がぐるぐると駆け巡る。夏海は慣れたいつもの電車すら乗り間違えそうになった。


 それにしても、龍太郎はいつごろ自身の身体の事を知ったのだろう。やはり彼は避妊を放棄していたようだ。

 それを既成事実を作るために頑張っているのだと自分に都合よく解釈していたが、あの時にはもう子供はできないと知っていたのかもしれない。だから、あの間の空いた時にも冷静でいられたし、きてしまった後のリアクションの薄さもそれならば説明がつく。彼は『もしかしたら』なんて思いもしなかったのだ。

 そのことよりも夏海は、自身に激しい嫌悪感を感じていた。龍太郎が『今からでもよりを戻さない?」と甘く囁いた時、ホンの一瞬ではあったが、本当に戻りたいという気持ちにを占拠されてしまったのだ。自分は何故今既婚者で、子供までいるのだろう。独身のままでいたなら、愛人にだってなれただろうにと、そんな立場ででも彼の側にいたいと思ってしまった自分に。

 未来を迎えに行き、夕食を作り、先に子供たちと食事を済ませて夫の帰りを待つ。そんな平凡な毎日を望んで手に入れた自分が、それを幸せだと思えていないことに。

 夏海は自宅に戻る道中、血がにじむほど唇を噛みしめていた。

 

 夜、子供たちを寝かせた後リビングに戻った夏海は、そのままキッチンに歩いていき、冷蔵庫からビールを取り出した。

「珍しいな、じゃぁ俺ももらおうか」

雅彦にそう言われて、夏海はもう一本取りだすと、リビングで待つ雅彦に運んだ。

 夏海はかなり酒には強い方だ。しかし、あまり飲まない雅彦と結婚してからは、自然と飲む回数も量も減ってしまった。それに今は、明日香の授乳が終わった訳ではなかったので、本来は飲まない方が良いのだが、今日はどうしても……たとえコップ一杯でも飲みたい気分だった。

「乾杯」

夏海はそう言うと、雅彦の缶に自分のそれをぶつけた。

「乾杯、夏海愛してるよ」

雅彦はそう言うと、夏海の缶に自分の缶をぶつけて軽く掲げてみせた。

 雅彦は人前では決してそんなことを吐かないが、二人きりになった途端、この人はもしかしたら日本人ではないのかもしれないと夏海が思うほど、『愛している』と囁く。だから、慣れっこになっていて特に気にならないはずの台詞が、今日はやけに耳に痛かった。

「ねぇ、夏海も愛してる?」

そして、雅彦にそう尋ねられた。だが、夏海には本当に彼を愛しているのか判らなかった。

「うん、大好きよ」

夏海は夫に愛していると言えず、大好きだと言葉を濁して答えた。愛しているかどうかは判らない。でも、夫として、子供たちの父親として尊敬し好きなことは間違いない。

 すると、その言葉を待っていたかのように、雅彦は夏海を自分に引きよせてその唇をついばむ。夏海の口内の感触を確かめるようなそれに、夏海は雅彦に愛していると言えないその心の中まで見透かされている様な気がして怖かった。

 夫の唇が離れた時、自然に涙がこぼれた。

「どうした?」

突然涙を流す妻を、雅彦は不思議そうに覗き込む。

「分らないわ、自分でも。最近飲んでないから、弱くなってるのかもしれないわ」

彼女はそう言って、悲しげに笑うしかなかった。


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