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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
39/71

十年目の告白 2

 そこから、夏海と龍太郎は近くの喫茶店に場所を移して話し始めた。

 夏海が話すことを龍太郎が笑って聞く。その光景は十年前と何ら変わらなかった。ただ違っていたのは、話すことが音楽の話から夏海の子供たちの事に変わっていることくらいだ。その合間も龍太郎は絶えず明日香に優しく笑みを向け、時々頬に触れたりもする。父親の顔だ……そう思った時、夏海の胸はチクリと痛んだ。

「龍太郎も結婚したんだってね」

「ああ、二年前にね」

夏海の言葉に、龍太郎は歯切れ悪くそう返した。自分が一生結婚しないと豪語した手前、ばつが悪かったのだろう。

「何で、僕が結婚したこと……ああ、健史が同窓会で海に会ったって言ってたっけ。あれ?」

龍太郎はそう続けた後、不思議そうに明日香を見た。同窓会の日、明らかに妊婦と判る状態だったことを梁原に聞いていたのだろう。

 龍太郎がそのことに気づかなければ、夏海は暁彦の事は話すつもりはなかった。まさに同窓会のあの日に消えてしまった命を、龍太郎に涙なしに語る自信は夏海にはなかったからだ。

「あのね……本当は二人の間にもう一人いたの。生きていたら二歳半になるわ。死産、だったの」

「あ、ゴメン。辛いこと思い出させちゃったみたいだね」

案の定、夏海の目頭はみるみる内に熱くなる。それに気付いた龍太郎が慌てて謝ってきた。

「ううん、心配しないで。もう辛くはないから。でも、話すとまだ涙が出ちゃうのよ、おかしいでしょ。こっちこそ、ゴメンね」

そう返した夏海を龍太郎が心配そうに覗き込む。

「でもね、だからマーさんと……あ、旦那の名前なんだけど、マーさんと本当の夫婦になれたってそう思うのよ」

夏海は照れながらそう続けた。それは紛れもなく夏海の実感だった。彼女の結婚からの迷いを消してくれた未来。そしてより夫婦としてしっかりと結び付けてくれた暁彦。家族としての絆を改めて感じた明日香。子供たちみんなに支えられて今の私たち夫婦があると言っても過言ではないと。

 しかし、その夏海の発言を聞いた途端、それまで穏やかだった龍太郎の表情が強張り冷たくなったのを、照れていた夏海は気付かなかった。

「私ばっかり話しちゃってるわね。龍太郎のことも聞かせてよ。奥様、素敵な方なんでしょ?」

そう言った夏海に、

「ああ、結城の妻としてはこれ以上ないって思うよ」

と答えた龍太郎の笑顔は、目だけが笑ってはいなかった。


「海、これ見てくれる?」

龍太郎はそう言うと、自身の携帯電話を取り出した。開くと待ち受けには赤ん坊の写真が貼り付けてあった。

「これが息子の秀一郎。今、四ヶ月だよ。赤ん坊ってすぐ大きくなるし、どんどん顔も変わっていくから毎週新しいものと貼り替えているんだ。志穂は僕に秀一郎をもたらしてくれた、最高の女性だよ」

その言葉が夏海の胸にぐさりと突き刺さった。龍太郎って本当はこんなに子煩悩だったんだ。あの時、私に子供が出来ていたら、私もそうやって呼んでもらえたんだろうか……そんな風に考えていた夏海の心を読んだかのように、龍太郎は続けた。

「海にはムリだよ。志穂は完璧な結城の妻なんだ。結城のために跡取りを産んでくれたんだからね」

それのどこに違いがあるのだろう。ああ、私は結局女の子しか……夏海は口に出していないことにも気付かず、龍太郎の言葉に心の中でそう答える。

 だが、龍太郎は徐にこう言ったのだった。

「海は僕が“あの病気”だったことは知っているよね。その時の後遺症みたいなんだけど、僕には子種がほとんど存在しないんだ。自然になんてできないんだよ。海だって避妊してないのにできなかったんだからそれは解かってくれるよね。僕は人工的なことは何もしてないよ。つまり秀一郎は……そういうこと」

 そう口にする龍太郎の顔を見て、夏海は鳥肌が立った。それは龍太郎が今まさに、夏海と別れたあの日と同じ表情をしていたからだった。


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