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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
33/71

同じではなかった未来

 それから2カ月、夏海のもとに一通の訃報が届いた。それは武田の父を知らせるものだった。

 武田は別れの電話の後、結婚祝いと称して一枚のCDを送ってきた。それは前々から夏海が手に入れたいと言っていたもので、別れの前から探して手配していてくれたのかもしれなかった。夏海と別れてからそれが手に入って、見るだけで腹立たしいと送りつけてきたのかもしれなかったが、欲しかったものだし、結婚祝いと言うことなので無碍に捨ててしまうこともできず、一応受け取ってお祝いのリストに載せてしまったのである。

 なので、雅彦は何も知らずに結婚報告の葉書を武田にも送り、今の住所を彼に教えることとなったという訳だ。

 あれから一年…武田の事はもう遠い思い出だった。夏海は彼の父親の訃報に接しても心が揺らがない自分に、時の流れを感じた。


 そして翌年夏海は長女を出産した。雅彦は娘に未来みくと名づけた。

 雅彦を頼りにし、雅彦だけを見ている妊娠中の生活は、夏海の心を大きく変えた。まさにこの娘が二人の今を、そして未来をも創り出している。雅彦もそう感じて名づけたのだろうか。

 全ては日々の果て……夏海は子育ての忙しさも相まって、「彼」のことは思い出さなくなっていた。

 そんなある日曜日の昼下がり、飯塚家の電話が鳴った。

「はい、飯塚です」

と夏海が電話をとると、相手は一呼吸置いた後、

「もしもし、俺。判りますか」

と低い声が聞こえ、そのあと少し甲高い笑い声が受話器いっぱいに響き渡った。夏海は一瞬にして身体が固まった。

「康……武田君……今更何の用……」

夏海は送話部分に手を添えて声を押し殺した。

「俺の声、覚えていてくれたんですね。それにしても、今更何の用はひどいな。今日はお願いがあって電話したのに」

お願い? その一言に夏海の緊張はさらに高まった。

「俺ね、今度結婚することになったんですよ」

だが、続いて武田の口から出てきた結婚の言葉で、夏海は一気に金縛りにも似た症状から解放された。

「へぇ、そうなの? それはおめでとう」

彼女の口から素直に彼の結婚を祝う言葉が紡ぎだされた。

「ありがとう。今の営業所の先輩の紹介なんですけど、やっと俺でも良いって言ってくれる奇特なのがいましてね。これはもう、逃しちゃいけないかなって、頑張っちゃいましたよ」

武田はいつもより声の高さを上げて報告を続けた、夏海はそれをほほえましく聞いていたのだが、続く、

「夏海さんに似た、俺より2歳年下の千佳って奴なんです。夏海さん、結婚式浜松なんですけど、出席してもらえますか? 出席してもらえるようなら、招待リストに載せますけど」

という言葉で一転して、彼女は突然冷水を浴びせられたような気分になった。元カレの結婚式。それも、公には何の接点もなかった彼の晴れの門出に、自分がどの面を提げて行く事が出来るだろう。これは、彼の厭味……あるいは復讐と言えるかもしれない。夏海はそう思った。

 夏海が返答に困っていると、生後半年になった未来が午睡から目覚めたらしく泣き始めた

「マーさん、ちょっと未来見てくれない? 今電話中なの」

彼女は一旦送話部分を完全に手で覆い、隣の部屋の雅彦に娘を頼んだ。

「へぇ、夏海さんもうお母さんですか。さすがに仕事が早い。俺と別れてからまだ二年も経ってないと思うのに」

それに対して、武田はとげとげしくそう返した。

でも、あなたはあの時引き留めてもくれなかったじゃないの。それが今更何? 夏海はその言葉に心の中でそう反論していた。

「二年も……経ったわ。そんなわけで、私浜松には行けないから。お祝い、贈っておくわね」

夏海はそう言うと返事も聞かずに電話を切った。

「夏海、電話誰からだった?」

電話を切って顔を上げると、そこには未来を抱いた雅彦がいた。

「ん? 友達からよ。結婚するんだって。招待してもいいかって電話だった」

夏海は元カレからだとは言えず、友達からだと濁して答えた。

「結婚式? 行ってきていいよ。一日ぐらいなら、未来の面倒は俺が見られるから」

「良いわよ。結婚式があるのは浜松だもの。未来を連れてもいけないし、断ったから」

浜松と聞いてちらっと雅彦の眉が動いたような気がした。雅彦は、それが誰だか感づいたのかもしれないと思った。しかし雅彦は、

「浜松まで一緒に行こうか? どうせ結婚式なんて休みの日なんだろ? そうすりゃ、結婚式の間だけ未来を俺が見てればいいんだし。たまには旅行気分で行くのも……」

などというとんでもない提案をもちかけた。

「とにかく良いの! 結婚式なんて。今の私は未来の事で精一杯です。第一体型も変わっちゃったから、一から服も揃えないといけないし、そんなお金も時間ももったいないでしょ。もう断っちゃったから、蒸し返さない!」

半ばヒステリックにそう言うと、夏海は雅彦から未来を受け取り、彼に背を向けてあやし始めた。

 かすかに滲んだ涙を隠すために……


 三ヵ月後、武田から結婚を報告する葉書が届いた。それを見た雅彦は、

「へぇ、この娘かわいいね。旦那の方もイケメンって感じだし、美男美女カップルって奴だな」

と言った。夏海に嫌な汗がどっと流れた。

そうか、マーさんは私が女性側の友人だと思っているんだ。だから浜松まで旅行気分で行こうと言ってくれたのか……東京に居て、浜松に嫁ぐのだと思っているのだろう。

「そう? この男、結構イヤな奴だわよ」

しかし、思わずそう口に出してしまった自分がいた。すると雅彦は、

「あれ、両方とも知り合いなのか」

と言ったので、夏海はしまったと思いながらとりあえず頷いた。

「彼、仕事で浜松勤務になって……遠距離ですれ違いもあったけど、二年かかってやっとだって」

 それは雅彦がいなければたぶん夏海と武田とが辿ったであろう道筋。本当なら彼の隣にこうして写っているのは私のはず。

 十年経たずにこんなに離れた別の場所に居る。四年前、大学祭で見た彼と同じではなかった未来を、夏海はその写真で改めて噛みしめたのだった。


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