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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
3/71

クリスマスケーキと除夜の鐘

 その日、夏海は不機嫌だった。

「今度従姉妹が結婚するの。でね、それを聞いたお母さんが嫌みたらたらで言うのよね、『夏海ちゃん、結城君はいつになったらウチに来るのかしらね』ってさ」

「え、海んちに遊びに行っても良いの? じゃぁ、いつにしようか」

夏海の愚痴に、龍太郎は嬉しそうにそう答えた。ただ普通に家に招待されたように思っているのだろうか。まったく……鈍感なのにも程がある。お母さんの言う意味を全く理解してないんだから! 夏海は思わずそう怒鳴りそうになるのを辛うじて堪えた。

「私、来月で25なんだけどな。」

それで、夏海はぽつりとそう言った。すると、

「あ、もうすぐ7月19日だね。そうだ、今年の誕生日は何が欲しい?」

という答えが返ってきた。

「別に何にも欲しくない」

何か貰おうと思ってそんな話をしたんじゃない。夏海がそう思っていると、

「ねぇ、一番欲しいものって何?」

と龍太郎は催促した。本当にどんなものでも良いのかしら? 夏海はちらりと横目で龍太郎を見た後、

「私、指輪欲しいな。もらったことないよね」

と言った。それまで笑っていた龍太郎の顔が一瞬強張った。

「そうだね……買ったことなかったね」

と言うと、龍太郎は一旦夏海に背を向けた。

「仕事を初めてまだ三年も経ってないし、僕はまだそんな気分じゃないんだけどな」

しかし、振り向いてそう答えた彼の顔はもう、いつもの様な呑気な笑顔だった。その呑気そうな顔と「気分」という語句に、夏海の苛立ちはさらに加速した。

「じゃぁ、私は龍太郎の一体何!」

夏海は思わずいつになく声を荒げて怒鳴っていた。自分自身でもそんな自分を変だと思いながら、彼女はもう言わずにはおれなかった。

「うん? 恋人じゃないの?」

それに対して、龍太郎は、小首を傾げてそれ以外の何なのだという風に答えた。

(だから……いつまで恋人のままでいなくちゃいけないの!)夏海はその最後の台詞を飲み込んでしまった。言ってもたぶん、彼からは果々しいしい返事は返ってくるはずはないだろう、そう思ったのだ。

 

 夏海は、いつもくるものが遅れてやってきたときから、何か喉に苦いものが残って取れないのをずっと感じていた。

『女はクリスマスケーキ、25歳までに売らないと商品価値が下がってしまうのよ。男は除夜の鐘くらいで充分良いのよ……だから、結城君に結婚する気がないのなら、そろそろ本気で別れる事を考えなさい』

実は昨日の従姉妹が結婚を決めた報告の後に、彼女の母はそう続けていたのだ。


 母親の言う『結婚は女の幸せ』というフレーズには、正直反発すら感じていた。しかし、心から好きな男と恋人のままでいる『長い春』に焦りの気持ちを感じるのもまた事実だった。

その相反する二つの気持ちに彼女の心は嵐の小舟の様に揺れていた。


 夏海が「結婚」の二文字を出したあの日から、二人は何だか気まずくなった。時々会話が途切れる。いままでそんな事などなかった。元々食いつくものが似ているし、夏海は少し気を回せば龍太郎の食いつきそうな話題をひねり出すことなど容易にできた。今まではそうして些細なケンカを乗り切って、いつの間にかその気まずさを取り去っていたというのに。

 それでも、龍太郎は夏海の誕生日の直前の週末、彼には珍しく外のレストランでのディナーの予約を入れたと連絡してきた。

そして、その席で龍太郎は小さな箱を取り出した。中には指輪が入っていた。しかし、それは彼の経済状態からすれば些かどころか相当チープな、縁日ででも売っていそうなデザインリングだった。チープでも指輪は指輪――期待しない訳がない。夏海の顔が綻ぶ。それを見た龍太郎は、面倒臭そうにこう言った。

「そんな顔しないでよ。僕は結婚なんてまだまだ考えられないんだよね。三十くらいまでは好きなことがしたいし……」

「じゃぁ、何でこんなものくれるのよ」

夏海は渡された指輪を早速左手薬指に填めて、それを翳しながら彼を睨んだ。

「だって海は指輪が欲しかったんでしょ、そう言ったじゃない。嫌なら今からでも他の物にするよ」

(何だ、これってそんなに気持ちのない物だったの? なら、イラナイ!)彼女はそう思ったが、口には出せなかった。

『三十位までは好きなことがしたい』なら、三十歳を迎えれば考えてくれるようになるのか……アヤシイもんだと思いながら、それを待ちたいと思う自分がいるのもまた事実なのだった。

『それまで待っててくれるよね』

そういう意味だと、彼が口にもしていないことを彼の声で心の中で再生している自分が、自分で情けなかった。

 自宅に帰る道すがら、夏海はもらった指輪を左手から右手に填め替えた。待つのなら親はできるだけ刺激したくない。チープな指輪の方がそう考えると都合が良いかも……一瞬そんな風にまで考えて、自分の思考回路に彼女は苦笑したのだった。


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