結婚
そして、雅彦と夏海はこの日、結婚式を迎えた。
それにしても結婚するということは何と煩雑なことなのだろうと夏海は思った。
「嬉しい事だから良いじゃん」
と、龍太郎とのアリバイ工作に多大な協力をしてくれた親友皆川悠などは言うが、結婚式の事、新居の事、いろいろな手続き上の事など、次々と用事をこなさなければならない。
「嬉しくたって人間ストレスは溜まるし、疲れるの! 悠はまだ経験してないから分んないのよ」
夏海は悠のその言い草に、そう返した。だが、嬉しいのだろうか……そう返事した時、夏海はそんな風に思ってしまった。本当に愛する人との結婚なら、もしかしたらどんなに疲れていてもそんなことは思わないのではないのかと。
それでも、雅彦の少年野球の指導最終日、夏海もグラウンドに招待され、子どもたちからお祝いの歌をもらった時には、胸にぐっとくるものがあった。雅彦はその横で子どものように泣いていた。
そして当日……金屏風にお人形のように雅彦と二人並べられた時、夏海は実はあの日から自分はお人形のままなのかもしれないと思った。
見合いのあの日――今日だけは母のお人形でいよう――そう思って臨んだ。その時、どこかに心を落っことしてきたのかもしれないと……
結婚式がはねた後、夏海たちはそのまま結婚式を挙げたホテルに宿泊した。
「今日はなんて長い一日だったんだ」
雅彦は少しふらつく足を夏海に支えられながら、どっかとベッドに腰を下ろした。それにしてもあいつら、俺の楽しみをのっけからうばいやがって……ま、結婚式なんて大体そんなもんなんだろうけど。
二次会で、雅彦の野球仲間などが二人を解放してくれて、部屋にたどり着いたのが午前二時。飛行機の搭乗時間を考えると、午前六時半にはここを出なければならない。そんな時間じゃ、仮眠が限度だ。
雅彦がそんなことを考えている間に、夏海が先にシャワーを浴びてバスルームから出てきた。
「夏海、疲れた?」
「ええ、少し……」
「先に寝てて良いよ。そんなに寝る時間もないだろうけど、俺もシャワーだけはしとくから」
「ありがとう。でも、大丈夫? 今日はそのままでも良いんじゃない? かなり飲まされたんでしょ?」
風呂に入ると言った雅彦を夏海は心配そうに見た。
「大丈夫、野球で鍛えてあるから。体力には自信があるよ」
雅彦はそう言って、バスルームに入って行った。
そして、熱いシャワーを浴びながら、雅彦はフライングしておいて良かったなと思った。でなければどんなに時間がなくても抑え切れなかっただろう。
新婚旅行から帰った後、片付けることから始めないでもいいように新居を整えに行った際、既にコトは済ませてあった。
その時、
「もう、こんなクソ丁寧なしゃべり方、止めるから。実はさ、このしゃべり方、しゃべるたびに緊張するんだよ」
と言って、丁寧な口調を止める宣言をした。しかし、こんな宣言をしなきゃならないこと自体、まだ彼女に緊張している証拠なのだろうが……そう考えて雅彦は苦笑した。
とにかく、明日からは毎朝隣に彼女がいてくれる。そう思うと、顔が緩んでいくのを抑えられない。
バスルームから出ると、夏海は余程疲れていたのか、既に軽い寝息を立てていた。雅彦はその隣にそっと滑り込んだ。そして、その白いうなじを眺めながら、
「たぶん一睡もできないな。まぁ、飛行機の時間が長いから、そこででも寝るか。にしても、まるで拷問だな、こりゃ……」
と小声で言い、彼女のうなじに口づけた。夏海はくすぐったいのか、かるく払うような仕草をしたものの、目覚めない。
「今日はご苦労様。これからもよろしく」
雅彦は眠ったままの夏海にそう声をかけた。