嘘から出た真実
それから双方の話し合いがあり、具体的な結婚式の日取りも決まって、夏海は会社に辞表を提出した。同僚のおめでとうの嵐の中、小夜子だけが妙に醒めた目をしていた。
「それでどんな人なのよ、教えなさいよ」
社内で母と呼ばれている古参の女性社員、深見がそう言って夏海を突いた。
「えっ、普通の会社員ですよ」
夏海は赤くなりながらそう答えた。
「歳は?」
夏海がぺらぺらと話さないと判ると、深見は細切れに質問してきた。
「三十一です。あ、でももうすぐ三十二になります」
そう答えた所で小夜子の眉が少し揺れた。
「で、君は何さんになるのかな。旧姓倉本夏海さん」
「い、飯塚です」
その時、小夜子の目が大きく見開かれた。
皆が夏海から離れた後、小夜子は自分から彼女に近づいてきた。
「びっくりしました。私はてっきりやっちゃんと結婚するんだと思ってました」
と彼女は夏海に言った。やっちゃんとは小夜子が武田を呼ぶ呼び方だ。
「どうして? 私最近、連絡もとってなかったわよ。」
そう返した夏海の返事は震えていたかもしれない。
「でも、私と別れたあとは……付き合っていたんでしょ? ナツ先輩。そうですよね。元々私がやっちゃんとナツ先輩を引き合わせたんだし、私が困らせた所でやっちゃんの心は私にはないって気付いてたから。でも、ナツ先輩の本命はやっぱりクマさんだったんですね。おめでとうございます」
小夜子はいつから2人の関係に気付いていたのだろう。
『女って怖いんだから』夏海は大学祭の誘いの時の自分の言ったことを心の中で再生して、身震いした。
夏海が返答に困っていると、小夜子は笑みを浮かべて、
「そんな顔しないでくださいよ。私、やっちゃんと別れて落ち込んでるときに高校時代の友達に今の彼を紹介されて……ついこの前彼ね、私の両親に挨拶に来たんです。まだ、具体的なことは決まってないんですけど……」
と言ったのだった。
心配などしなくて良かったのかもしれない。ただ、縦しんば小夜子に自分たちの関係を早々と打ち明けていたとしても、今の結果に何の変わりもなかったのかもしれないが……
それにしても、小夜子のためについた嘘が雅彦になって現れたのではないかと思うほど、あの頃取り繕った嘘に雅彦のキャラは符合していて、夏海は小夜子と離れた後、思わず苦笑いしてしまったほどだった。