最悪の事態 1
見合いに電車もあるまいと、夏海たちはタクシーでホテルに乗り付けた。
そんな慣れないことをしたために、彼女らは軽い渋滞に巻き込まれて、待ち合わせの時間に少し遅れた。
「すいません、遅くなりまして……」
夏海の母がぺこぺこと頭を下げる中、夏海自身は軽く一礼しただけだった。
相手の男――飯塚雅彦は三十一歳。百八十センチあまりの大柄で、如何にも体育会系の感じのする男だった。学校を卒業した後も男達と草野球に興じ、リトルリーグの監督をしている先輩から請われてそのチームのコーチを買って出ているらしい。
一応、ここに来るまでに一度写真だけはみた。しかし、平面では詳細はつかめない。実際に会うと、その大柄さ加減を実感した。縦にも横にもデカイ人だな……それが夏海の第一印象だった。
雅彦は全くと言って夏海の好みではなかった。龍太郎にしても武田にしても、どちらかと言えば男としては線の細い、所謂草食系だ。つまり、そういう優男にしか食指が動かないということなのだろう。
雅彦は夏海が現れた時、しばらく口を半開きにして固まっていた。遅れて来たのに悪びれず一礼だけだなんて、随分無愛想な女だと思ったに違いない。だが、どうせ断るのだから、どう思われようが知った事じゃないと夏海は思った。
「ああ、ああ……そんなの全然構わないですよ」
それから母が頭を下げる言葉を耳に入れると、彼は突然魔法が解けたかのように、何度も頷きながら母にそう答えた、図体のでかい男が身を屈める様子に、夏海はなおげんなりした。
だから、緊張感などまるでなかった。夏海は緊張しまくっている雅彦を尻目に、同席した雅彦の母親と意気投合し、女同士のトークに花を咲かせた。
後から思えば……それが夏海のこの日一番の失敗だった。雅彦はそれで彼女の事を『親も大切にしてくれる』との好印象を持つことになったのだから。
二人きりにされた後、何を話したのかも覚えていない。と言うか、緊張のあまり雅彦は会話らしい会話をしてこなかったからだ。夏海が会社の四方山話をするのをうんうんと来た時と同じく頷いて聞くだけだった。夏海はそれが、雅彦も自分と同じく気のない見合いに無理やり連れ出されて、話をするのも面倒なのだろうと思っていた。
「あ、はい時枝さん? 今日はどうもありがとうございました。えっ、ホントに? 気に入って下さった? それは……こちらはもちろん。では、よろしくお願いします」
だから……帰った後、雅彦が自分を気に入って是非ともお付き合いをしたいと、仲を取り持ってくれた母の友人に連絡してきたと聞かされた時、夏海は目眩がした。そして、母は彼女に断りもなく、二つ返事でそれを受けてしまったのである。
「勝手に受けないでよ、私最初から断るって言ったでしょ!」
「じゃぁ、夏海ちゃんが自分で飯塚さんに直接断りを入れなさい」
それを聞いて激怒した夏海に、母はそう言った。『私は気に入った』と言わんばかりに。
これは私の結婚なのだ、お母さんのではない。こうなったら自分で断るだけだわ!
だがその後、次の土曜日に会ってほしいと喜々とした調子で電話してきた雅彦に、いきなりそれを告げる事は出来なかった。
一旦は自分の意志ではないとしても受けてしまったものなのだ。それを電話なんかで断るのは失礼だ。もう一度会って、そこでちゃんと断ればいい。夏海はそう考えてデートの申し込みを承諾した。