武田の家
七月、夏海は二十七歳の誕生日を迎えた。武田はそれに一番近い週末に東京に帰ってきて、その日二人は一緒に誕生日を祝った。
その日のデートの後、彼は彼女を自分の実家に連れて行った。彼の実家は下町にある小さな洋品店だ。最初は夫婦でやっていたが、大型店舗と張り合える時代ではなくなり、父親は今はサラリーマンをしている。
夏海は玄関で武田の姉に迎えられた。彼より五歳年上、つまり夏海より一歳年上の姉は、夏海に向かって開口一番、
「よくこんなじじむさい奴と付き合う気になったもんだわね」
と言った。
「それ、どういう意味だよ」
「あんたのどこが若々しいってのよ。大体、あんなじじむさい音楽のどこが良いのかしらね」
「いい歳こいてねーちゃんに好かれても嬉しかないよ。それにさ、彼女はそんな俺が好みなの」
姉の言葉に、彼は口をへの字に曲げてそう返した。
「それはそれは、御愁傷様なことで。」
そんな武田と姉のやり取りに、夏海は吹き出すのを堪えるのに必死だった。彼女は夏海が弟の趣味に付き合わされているとでも思っているのだろう。実はそのじじむさい音楽が二人の馴れ初めなのだと知ったら、彼女はどうリアクションするのだろうと思った。
「ま、ゆっくりしていってよ、何にもないけどね」
武田の姉はそう言って夏海にスリッパをすすめた。
リビングに通された夏海は武田の両親と対面した。母親はニコニコとお茶とお菓子を運んできた。父親はしきりに自分の話を夏海に聞かせたがり、母親から、
「お父さんの話を聞かせるなんて迷惑よ」
とたしなめられるほどだった。そして、帰りには手土産まで持たせてくれた。
夏海の方が四歳年上であることは話してあると言う。それを気に留めずすんなり受け入れてくれているのが夏海には何より嬉しかった。
龍太郎とは八年あまりの日々を一緒に過ごしたが、両親に会う機会はついぞなかった。そう思った時、夏海はこれで良かったのかもしれないと、龍太郎に感謝する気持ちが湧いてきたのだった。