遠距離
三月……武田が任地に旅立って、二人の遠距離恋愛が始まった。
しかし、蓋を開けてみるとやはりネックだったのは、夏海の両親だった。
龍太郎の時と同じく、夏海の一人暮らしも外泊も許してはくれない。あの距離を泊らずに往復するしかないのだ。回数券購入などなけなしの自衛策を講じるも、速さを優先させた新幹線での移動はそれなりに料金がかかる。とても休みの度に出かけることなどできない。とりあえずその日の内に戻ってくる娘を母は咎めたりしなかった。もしそんなことをしたら、娘は今度こそ家を出てしまうとでも思っているのだろうか。
確かに面倒臭さはあるものの、夏海はその距離を楽しんでもいた。武田に近づく行きの道中の高揚感はもちろん、寂しさに心を震わせる帰りの道中さえも。
会えない日々は電話でつないだ。武田は固定電話を持たず、携帯で済ませていた。ほぼ毎日の事だし、ついつい長電話になってしまうので、彼は部屋の近くの公衆電話からかけてくるのがほとんどだった。
「いきなり切れたらゴメン。先に謝っとくよ」
自分も社会人となったのを機に、くだけた言葉遣いになった彼は、そう言って話し始めるのが常だった。
かける時間は概ね合わせてあるので大抵は夏海が取るのだが、時々母に取られてしまう事がある。そんな時母は、探るような目つきで、
「夏海ちゃん、武田君から」
と、受話器を渡す。その姿に夏海は嫌な寒気すら感じた。
小夜子の彼氏だった事を母に言ったかどうか夏海自身もう記憶にはないのだが、友達として三人で会うという話をした記憶は残っている。その時にたぶん武田の年齢も言っていたはずだ。
毎日電話をかけてくることで、彼らの今の関係は言わずもがな知れているだろう。
それでも今回、何の質問もない母の態度が、夏海は逆に空恐ろしいと感じていた。