アゲハ
「初めまして、あいです!」
視線を胸元から臀部まで隅々と浴びながら佐和子は男の横に座る。
衣装はノーブラに透けた丈の短いワンピースとレースのランジェリーだ。
金曜日の夜中20時。
女達は魅惑的な女体を武器に、ランジェリーパブ「アゲハ」でオシゴトを開始する。
佐和子は「あい」になり、裸同然の姿で蝶になる。
「おぉ、あいちゃんね。」
「なかなか、いいおっぱいしてるやんけ!」
大阪の地で潤いを買いに来た男性客は、既に性的興奮を隠しきれずに、ストレートに欲望を剥き出しにする。
「いやん。恥ずかしいけれど、嬉しいです。」
「何飲まれますか?」
「濃いめのハイボール!」
「私も1杯頂けるかしら?」
密着した男女の体は片側だけ熱を持ち、仕事で何回も対応してきた佐和子は持ち前の武器である女体を、チラリとみせて誘惑する。
「ええで。好きなの、飲みいや!」
「代わりにサービスしてな!頼むで!」
「ありがとう。」
スっと客の手を握り、黒服にオーダーを頼んだ。
ほかの卓でもスケスケであったり、ギリギリのラインで陰部を隠したりするホステスが各々の武器である女体を駆使して、今日も日銭を稼ぐ。
店の近くではキャッチの男が「1時間3000円ポッキリでエッチなお姉さんと飲まへんですか?」と、ほろ酔いの男性を見つけては店に入れていく。
「なんか、俺、ムラムラしてきたわ。」
「あら、そう?可愛いわね。」
「俺ってどう?かっこいい?」
「えぇ、凄く魅力的よ。」
心の中で客の煙草と酒臭い口臭に舌打ちしながらも、明後日のカードの支払い資金を集めるため、甘い言葉をかけ続ける。
「ええやん、なあ。少し触らせてや。」
レモンサワーを飲み終えそうだったので、佐和子は狩りに出る。
「えぇ、そうね…。」
「シュワシュワした物が飲みたい気分。」
そっと乳房を客の腕に預けた。
「シャンパン、1番安いのでいいから、会えた記念に開けてくれない?」
一層股間に熱を帯びた客の太ももに手を置いて誘惑する。
「…なんぼや?」
「1万円よ。」
「…せやなぁ、じゃあサービスしたら考えるわ。」
その隙間を狙って「あい」は客の頬にキスをした。
「延長も来てくれたら、暗い席で、もっと刺激的なこと、してあげる。」
指さした卓は、ほぼ照明も無くホステスが客に性的サービスを行う所だ。
性風俗と飲み屋の中間のような、混ぜあったような、不思議な空間のランジェリーパブ「アゲハ」。
風俗はハズレを引くのは嫌だし、飲んでいる高揚とした気持ちで気に入ったキャストと如何わしい事をしたい、という男の心理を突いた店。
今日も零時まで欲望が行き交う。
「もう少しでシャンパン、指名でバックが…いくら…。」
佐和子は脳内で日銭の計算をし、「あい」は客の欲望を刺激した。
「…ええで。シャンパン飲もうや。」
「代わりに沢山、出して飲んでくれへん?」
「…ザーメン、口に出したいわ。」
「佐和子」なら間違っても受け付けない。
「あい」の時なら、お金になることならほぼNGなしで出来る。
源氏名という仮面の上では、他人からの評価も視線も説教も、何でも脱ぎ捨てられる。
勿論、汚らわしい白い液体であっても。
一日を終えた佐和子は、明日の昼職の為にすぐさま寝支度をした。
指で万札を数えたら、1枚ずつ絡まる指で1日を消化した。
「お母さん。おかえり。」
「まだ、起きてたの?」
「うん、勉強してた。」
息子の総司は数年前離婚した元夫との1人息子で、友人はあまり多くない真面目な中学生だ。
女手一人で育てて行くと決めてから、佐和子は昼職と掛け持ちをして「アゲハ」で働いている。
「偉いね。でも早く寝なさいね。」
「うん。お母さんもね。」
ふわりと抱き寄せた。
反抗期になるどころか元々内気な性格だった総司は、父を失って以来殆ど母に迷惑をかけずに生きている。
そんないい子を助けられる強い存在でありたい。
その為なら手段は、合法ならなんだっていいと覚悟を決めて、「アゲハ」に入店した日を何時でも忘れたことなど無い。
総司が部屋に戻る。
電灯を消し、佐和子もベッドへ入る。
仮眠のような睡眠の中で、ハッと目覚めた午前3時。
総司の部屋から物音がする気配を感じて、ドアの前まで行き、聞き耳を立てる。
総司のすすり泣きの声がする。
「…そうよね。」
「親が知らない男と裸同然でいたら、嫌よね。」
「ごめんね…。」
早く落ち着いた暮らしに戻りたい。
早く総司の笑顔が見たい。
早く胸を張って「いいお母さん」になりたい。
ならば、お金。
明日も出勤だ。
しばらくの間の辛抱だ。
まとまったお金が貯まれば、もっと総司の孤独と悲しみを埋めてあげられる、きっとそうしていける。
親子の泣き声は、静かに夜に溶け込んだ。
次の休みに、久しぶりに太陽の塔でも二人で見に行こう。
それまで、一緒に頑張っていこうね。




