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忌み姫は孤高の鬼王に愛される  作者: 藍凪みいろ
第二章 鬼の国の王と人の姫君

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第9話 新婚旅行【後編】


 夕食後。 

 私は永和様と共に廊下を歩いて入浴所前まで向かっていた。


 のれんの前に着くと、互いに視線を交わしながら自然に距離を取る。


「先に出たら、待っている」


 永和様のその言葉に胸がきゅっとなる。

 私は優しい顔でこちらを見てそう言った永和様を見て小さく頷いてからのれんをくぐった。



 のれんをくぐり、女湯の扉を開き中に入るとふわりと、ほのかに硫黄の混じった湯の香りが鼻をくすぐる。


 中は静かで、湯気が薄い霞のように漂っていた。木造りの脱衣場に並んだ籠の前に立ち、私は身に付けていた着物や下着を脱ぎ、それらを畳んで籠の中に置いた。


 衣をすべて脱ぎ去った私は浴場の扉の前まで歩み寄り扉を開ける。


 扉を開けると湯気とほのかに石鹸の香りが鼻についた。

 

 軽く身体を流してから、湯船の前にやってきた私はゆっくりと足先から湯船に浸かっていく。


 熱すぎず心地よい温度が身体の芯まで染み込んでいく。膝、腰、そして胸元まで湯に包まれた瞬間、全身にじんわりと温かさが広がる。


 背もたれにある岩に軽く寄りかかりながら私はふぅ、と息を漏らした。


「……いいお湯……」


 思わず小さな声がこぼれる。湯面がわずかに揺れて、頬にかかった髪を濡らした。


「温かくてとても気持ちいいわ……」


 独り言のように零す声も湯気に吸い込まれて消えていく。

 湯がさざめく音が心地良く私の耳に届いてきていた。


 美月が湯船に浸かっていると、少し離れた所で美月と同じように湯船に浸かっていた一人の鬼の女性が美月の隣へとやって来る。


「とても気持ちいいですね」

「え、ええ、そうですね」


 唐突に私に声を掛けてきたのは鬼人の若い女性だった。


「鬼じゃない人がいるのは珍しくてつい話しかけてしまいました。お一人で来たのですか?」

「その、夫婦で新婚旅行で来てます」

「あら、ふふ、いいですね」


 鬼人の女性は穏やかな笑みを浮かべて、私を見てから温かな湯船の湯を手でそっと掬い肩にかける。

 私はそんな鬼人の女性を横目に見つめながら、肩まで湯船に浸かる為に体勢を変えて、少し深く岩に寄りかかり直した。


         ❀❀❀


 温泉から出ると永和様が売店近くに置かれている木製の長椅子に腰をかけてペットボトルに入った水を飲んでいた。


「永和様、お待たせしました」


 私が永和様の元へと歩み寄り、そう声をかけると永和様は私を見て優しく笑った。


「ああ、それじゃ、部屋に戻るか?」

「はい……!」



 部屋の前へと戻ってきた私達が部屋の中へと入るなり、和室の畳の上に二つの布団がぴったりとくっついて敷かれている光景が飛び込んできた。


「あ…… あの、永和様」

「な……なんだ?」


 ぴったりとくっつくように敷かれている布団に私は少し照れ臭さを感じてしまう。

 私は少し頬を赤くして私を見ている永和様を見つめ返した。


「その、永和様が良ければ同じ布団で寝ませんか?」

「ああ、私は構わないが」

「じゃあ、一緒に寝ましょう!」

「ああ、」


 私は障子がある窓際の布団の上へと行き、永和様が部屋の灯りを消してくれるのを待った。


「電気、少し明るくしとくか?」

「いえ、全部消していただいて大丈夫ですよ!」


 私の言葉に永和様は頷き返し、部屋の電気を全て消して、私がいる布団へとやって来た。


「それじゃあ、寝るか」


 永和様は私と同じ布団に入ってきて、そう言われた瞬間、私ははっとし、忘れていたことを一つ思い出した。


「はいと言いたいところなんですが、すいません、永和様、私、まだ歯磨きしてません……」

「え、あ、そういえば私もしていない」

「一緒にしてから寝ましょう」

「そうだな」


 永和様と私は布団から出て立ち上がり、共に部屋にある洗面所へと向かったのであった。


         ❀❀❀


 翌日。

 私と永和様は宿屋を出て、商店街や街をお昼まで散策して過ごした。


 そして今、私達は坂を降りてすぐの所にある商店街に立ち並ぶ建物の内の一つ。

 和菓子を専門としたカフェを訪れていた。

 

 窓辺の四人掛けのテーブルに私と永和様は向かい合って座り、互いに注文した食べ物が運ばれてくるまで他愛のない会話をし始める。


「なんだか落ち着きますね。鬼の国にもこういうお店があるなんて知らなかったです」

「……私普段から甘い物はあまり取らないのだが、城下の民達には評判だと聞いた」


 永和は背筋を伸ばしたまま淡々と答える。

 その口調は冷ややかだが、視線は窓際の和菓子の見本に吸い寄せられていた。


「ふふっ、じゃあ今日が初めてですか?」

「ああ。……美月がいなければ、一生来ることもなかっただろう」

「そうなんですね……なんかちょっと嬉しいです」


 私は永和様に小さく笑いかけてから、窓から見える外の風景に視線を移す。

 窓から見える外の通りを見れば、通りの子供が団子を三本も手に持ち駆けていくのが目に映った。


「見てください、永和様。あの子、団子を三本も持っています」


 私が指をさすと、永和はわずかに眉をひそめる。


「……戦支度か?」

「ちがいます! ただのおやつです!」

「三本も抱えて戦わぬのなら、なぜだ」

「だから食べるんですってば!……もう」


 私が吹き出すと、永和の口元がほんのわずかに緩んだ。


 ――そんな時。

「お待たせしました」と店員が私と永和様がいる席までやって来て、抹茶ケーキと菓子の盆をそっと卓に置いた。

 ほのかで甘やかな香りが、二人の間に静かに漂う。


「ありがとうございます」


 私が微笑んで受け答えをすると、店員は頷き返してから静かに立ち去っていく。

 

 美月は小さなフォークを手に取り、机の上にある皿に乗せられた抹茶ケーキを一口すくい口に含む。


「……美味しい。抹茶の苦みと甘さがちょうどいいです」


 頬を緩めると、永和様がじっとこちらを見ていた。


「どうぞ、永和様も」


 私は抹茶ケーキを再び一口すくってから差し出すようにすすめると永和様は少しだけためらったあと、無言でフォークを受け取りフォークに載せられた抹茶ケーキを口に入れた。


「…………苦い。だが……悪くない」

「ふふっ、素直に美味しいって言えばいいじゃないですか」

「……私は甘味の味に、言葉を費やすことはない」

「もう、素直じゃないんですから」


 私はくすりと笑い、次に自分の前のある白い皿の上にある桜餅へと手を伸ばす。


「ん、この桜の香り……春って感じがしますね」

「葉ごと食うのか?」


 永和様が怪訝そうに眉を寄せる。


「そうですよ。香りが移ってるので葉っぱごと食べると美味しいんです」


 私は実際に一口食べて見せる。

 永和様はしばらく無言で見つめ――そして、桜餅に手を伸ばした。


「……本当に葉を食うのか」

「ほら、試してみてください」

「……悪くない」

「ふふ。永和様、今日は悪くないばっかりですね」

「……誉め言葉だ」

「そうですか? なら、もっと聞きたいです」


 私がそう言って微笑むと、永和様も柔らかい笑みをこぼした。

 外の賑わいとは別に卓にはひそやかな温かさが広がっていた。



         ❀❀❀


 夕陽が山並みを朱色に染める頃、二人は宿屋の玄関から外に出た。

 女将と数人の女中が宿屋の軒先で頭を下げる。


「お気をつけてお帰りくださいませ」


 私は女将や数人の女中の方々に微笑みながら軽く会釈した。 

 隣にいる永和は短くうなずき、無言のまま視線だけで礼を返す。


 宿屋を後にした二人は、石畳の小道を歩き駐車場へ向かう。

 昼間の賑わいは遠く、風に乗って鳥のさえずりだけが聞こえている。

 私は顔を上げ、山の端に沈む夕陽を見つめた。


「今日一日、あっという間でしたね」

「……悪くない一日だった」


 永和様の声は相変わらず低いが、柔らかさが混じる。

 駐車場に到着すると、黒塗りの車が静かに待っていた。


 私はスカートを整え、助手席の扉を開ける。

 永和様は黙って隣の席に腰を下ろすと扉が音を立てて閉まった。


 車内に二人だけの静けさが漂う中、私は窓越しに茜色の空を見上げ、小さく呟く。


「……また来られるでしょうか」


 永和様はしばらく窓を見つめたあと、低く答える。


「……美月が望めば、いくらでも来られる」


 永和様の言葉に私の胸は温かく柔らかな感情が広がる。

 そして車は静かに動き出し、宿屋の灯火が後ろへと遠ざかっていった。 


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