第64話 その日の順番
64話です。
その日の朝を、
俺は
思い出そうとした。
はっきりした
記憶は
ない。
だが、
断片は
ある。
朝食の
音。
食器が
重なる音。
母の
声。
「先に
行ってて」
誰に
言ったのか。
俺か。
兄か。
たぶん、
兄だ。
兄は
先に
出た。
それだけは、
分かる。
玄関の
音。
靴が
揃えられない
癖。
ドアが
閉まる。
そのあと、
少し
時間が
空く。
俺は
家に
いた。
テレビの
音。
アニメの
オープニング。
母は
台所。
父は
いない。
順番が
見える。
兄が
先。
俺が
後。
その並びは、
今まで
何度も
使われてきた。
事故の日。
川に
行く予定は
なかった。
はずだ。
だが、
兄は
そこに
いた。
最初に。
誰も
いない
時間帯。
第三者の
立ち会いは
なかった。
それは、
紙に
書いてあった。
兄は、
一人だった。
そこへ、
俺が
来た。
来た
理由は
分からない。
呼ばれたのか。
探しに
行ったのか。
だが、
位置は
低い。
俺の
目線は
低い。
フェンスの
高さ。
水の
反射。
兄の
背中。
濡れている。
その状態を
見た。
それだけは、
確かだ。
次に
何が
起きたかは
思い出せない。
いや、
思い出さない
ように
なっている。
代わりに、
別の
順番が
入っている。
誰かが
来た。
大人が
来た。
救急車。
サイレン。
それは、
後から
足された
映像だ。
実際の
順番では
ない。
最初の
順番は、
もっと
短い。
兄。
水。
俺。
その三つだけ。
夜、
母が
言った。
「覚えてなくて
いい」
それが、
一番
最初の
整理だった。
覚えて
いないことが
正解に
なった。
それ以降、
順番は
上書き
され続けた。
事故。
不注意。
仕方ない。
便利な
順番だ。
誰も
責めない。
誰も
疑わない。
兄は
しばらく
いなかった。
体調。
親戚。
それも
順番だ。
「先に
片付ける」
母は
そう言った。
兄より
先に、
出来事を
片付けた。
だから、
兄は
何も
言えなかった。
言えない
順番に
なっていた。
今、
俺は
同じことを
している。
先に
言葉を
置く。
先に
整理する。
先に
決める。
それが
正しいと
教えられて
きた。
棚の前に
立つ。
一番下の段。
兄の
事故の
書類。
その隣に、
今の
紙。
同じ
高さ。
同じ
距離。
並べた
瞬間、
分かる。
これは
偶然じゃない。
順番が
受け継がれている。
布団に
入る。
天井を
見る。
今日、
俺は
一つの
真実を
見た。
兄が
何を
したか、
ではない。
誰が
最初に
そこに
いたか。
誰が
最初に
片付けたか。
その
順番だ。
それを
言葉に
したら、
全部
壊れる。
だから、
言わない。
言わない
という
選択も、
また
順番だ。
俺は
もう
その中に
いる。
誤字脱字はお許しください。




