第60話 自分の声で
60話です。
それは、
放課後の
何でもない時間だった。
校舎の裏。
自販機の前。
小銭を
探していると、
後ろで
声がした。
「ねえ」
振り向く。
知らない子だ。
同じ学年。
だが、
クラスは違う。
「ちょっと
聞いていい?」
聞いていい。
その言葉は、
最近
何度も
聞いている。
「この前の件さ」
この前。
「やっぱ、
事故なんだよね?」
事故。
俺は、
一瞬
黙った。
今までなら、
即答していた。
だが、
今日は
遅れた。
「……そうだと思う」
思う。
断定しない
言い方。
その子は
安心したように
うなずく。
「だよね。
先生も
そう言ってた」
先生も。
俺の言葉は、
すでに
どこかを
回っている。
「変な噂、
あったけど」
噂。
「気にしなくて
いいよね」
いいよね。
同意を
求められている。
俺は、
うなずいた。
それで、
会話は
終わる。
その子は
去っていく。
俺は、
自販機の
ボタンを
押した。
飲み物が
落ちる音が
やけに
大きい。
家に帰ると、
母が
珍しく
書類を
広げていた。
棚の前ではない。
ダイニングの
テーブル。
「これ、
昔の
コピーなんだけど」
コピー。
母は、
一枚の紙を
差し出す。
見覚えが
ある。
だが、
細部が
違う。
日付が
少し
古い。
「市から
問い合わせが
あったの」
問い合わせ。
「昔の件、
再確認したいって」
再確認。
その言葉で、
心臓が
一度
強く
鳴る。
「でも、
あなたの
説明と
同じで
大丈夫だった」
同じ。
「事故扱いで
整理されてるって」
整理。
母は、
それを
誇らしげに
言う。
「あなた、
ちゃんと
覚えてるのね」
覚えてる。
その言葉が、
胸に
刺さる。
覚えているのは、
事実か。
それとも、
言い続けた
形か。
「……うん」
俺は、
そう答えた。
否定は
しなかった。
母は
満足そうに
紙を
重ねる。
「やっぱり、
間違って
なかった」
間違ってなかった。
その言葉が、
第54話の
響きと
重なる。
夜、
自分の部屋で
鏡を見る。
そこに
映っているのは、
今の俺だ。
だが、
口を
動かす。
「事故だった」
声に
出してみる。
違和感が
ない。
それが、
一番
怖い。
机に
座り、
ノートを
開く。
何も
書かない。
代わりに、
自分の声を
思い出す。
さっき
言った言葉。
その前に
言った言葉。
もっと前。
どれも、
同じ
調子だ。
つまり、
揃っている。
揃っている
ということは、
もう
書き換えられない
ということだ。
布団に入る。
天井を見る。
今日、
俺は
初めて
気づいた。
真実は、
棚に
入っている
紙だけじゃない。
俺の
口の中に
ある。
繰り返し
言った言葉が、
記憶を
作っている。
誰かに
教えられた
わけじゃない。
自分で
選んだ
言い方だ。
だから、
修正できない。
電気を消す。
暗闇の中で、
自分の声が
まだ
響いている。
「事故だった」
それは、
事実かもしれない。
だが、
もう一つの
真実は、
はっきりしている。
俺は、
そう言い続ける
人間になった。
誤字脱字はお許しください。




