表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『破片のパズル』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/28

第6話 迎えのメモ

6話です。


バスの写真騒ぎから、少し日が経った。


その夜は残業が長引いて、電車よりタクシーのほうが早かった。

駅前で手を挙げると、一台がゆっくりと寄ってきた。


後部座席のドアが開き、乗り込む。

シートは少し冷たく、布の匂いがわずかに残っている。


行き先を告げると、運転手は短く復唱し、メーターを入れた。


走り出してすぐ、

膝の横あたりに、紙が当たる感触があった。


見ると、シートポケットの口から、白いメモが少し飛び出している。

角が折れていて、そこにだけ透明のフィルムが貼られていた。


触れずにいようかと思ったが、

揺れで床に落ちるのも厄介だ。


そっと引き抜いてみる。


名刺より少し小さい紙。

片側だけに細いフィルムが貼られている。

そこにボールペンで文字が一行。


「迎え 21:30」


それだけだった。


下に、何か消された跡がある。

消しゴムで強くこすったのか、紙の繊維が毛羽立っている。


「住所、だったんですかね」


思わず口に出る。


運転手がバックミラー越しにちらりとこちらを見た。


「ああ、それ、まだ残ってましたか。

 さっき片づけたつもりだったんですが」


「タクシー会社のメモですか」


「ええ。さっきね、ある団地に“迎え”に行ったんですよ。

 時間ぴったりに着いたんですけど、

 誰も出てこなかった」


よくあること、と言うように、

運転手は肩をすくめる。


「電話もつながらなくて。

 部屋番号も書いてあったんですが、

 インターホン押しても返事がない。

 管理人さんも不在で、結局そのまま戻りました」


「キャンセルの連絡もなしで?」


「そうですね。

 こういうの、たまにありますけど……

 このメモの字が、ちょっと古くて」


言われて見直すと、

たしかにインクが少し色あせている。

書いたのは最近ではないのかもしれない。


「会社の台帳の隅に挟まってた番号で、

 今日はじめて“呼ばれた”みたいなんですよ。

 誰がいつ書いたのか、誰も覚えてなくて」


それでも「迎え」に行くのか、と思った。


「一応、入ってる以上は。

 行ってみて、いなければそこで終わりですから」


運転手はそう言って、メモに目を落とした。


「お客様のものでは、ないですよね」


「いえ。

 でも、どこかで見たような気がします」


そう言ったあとで、

自分でもそれが何の記憶なのか分からなかった。


バスの写真の裏の、消された名前。

アルバムの抜けたページ。

玄関の電話の横に挟まっていた、古いメモ。


それらが脳のどこかで重なり合い、

「迎え」という字と同じ場所に沈んでいる。


メモの隅の透明フィルムが、

車内の灯りをひどく控えめに反射した。


運転手は信号待ちのあいだに、

メモをダッシュボードに挟んだ。


「もう使わないんですけどね。

 なんとなく捨てづらくて」


それが、誰を迎えに行くはずの紙だったのか。

今となっては、誰にも説明できない。


誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ