第57話 外に落ちた紙
57話です。
朝、
昇降口の掲示板が
半分だけ
空いていた。
いつも貼られている
注意喚起の紙が
剥がされている。
跡だけが
残っている。
テープの色が、
日に焼けて
薄い。
誰かが
慌てて
外した形だ。
教室に入ると、
担任が
電話をしていた。
声は、
低い。
「……確認は
取れてません」
「……書面が
まだ」
書面。
それは、
紙が
足りないという意味だ。
朝の会は、
短かった。
連絡事項も、
少ない。
「今日は、
変な噂に
振り回されないように」
変な噂。
それは、
公式ではない
話だ。
公式じゃないものは、
扱いづらい。
休み時間、
廊下で
二人が
話している。
声を
落としている。
「聞いた?」
「何?」
「事故じゃ
なかったって」
事故じゃない。
その言葉は、
小さい。
だが、
今までで
一番
重い。
「誰が
言ってるの?」
「……分かんない」
分からない。
分からないまま
広がる言葉は、
整理できない。
昼休み、
図書室に行く。
返却台の下に、
紙が
一枚
落ちていた。
誰かの
プリント。
踏まれて、
少し
汚れている。
拾い上げる。
端に、
見覚えのある
フォーマット。
罫線。
項目。
備考欄。
だが、
書き方が
違う。
原因の欄に、
斜線。
代わりに、
手書きで
一行。
「確認中」
確認中。
それは、
未完成の
言葉だ。
未完成なものは、
棚に
入らない。
プリントの下に、
小さなメモ。
ホチキスで
留められている。
「関係者の説明に
食い違いあり」
食い違い。
その言葉で、
手が
止まる。
説明が
揃っていない。
揃わない説明は、
誰かが
嘘をついている
可能性を含む。
俺は、
紙を
戻さなかった。
返却台にも
置かない。
自分の
バッグに
入れた。
棚の外のものを、
初めて
持ち帰った。
午後、
担任が
俺を
もう一度
呼んだ。
今度は、
教室の外。
「最近、
お前に
聞くことが
多くて
悪いな」
悪い。
その言葉は、
距離を
縮める。
「変な紙とか、
見てないか?」
変な紙。
俺は、
首を
振った。
「見てません」
それは、
初めての
はっきりした
嘘だった。
担任は、
俺の顔を
少しだけ
見てから、
うなずいた。
「そうか」
だが、
納得は
していない。
家に帰ると、
母が
落ち着かない様子だった。
テレビは
ついているが、
見ていない。
「ねえ」
声が、
低い。
「最近、
学校で
配られた紙、
全部
ちゃんと
出してる?」
出してる。
その質問は、
危険だ。
「うん」
即答する。
母は、
それ以上
聞かない。
だが、
視線が
棚に
一度だけ
行く。
夜、
自分の部屋で
バッグを
開ける。
例の紙を
取り出す。
棚に
入れるかどうか、
迷う。
入れたら、
消える。
入れなければ、
残る。
俺は、
袋にも
棚にも
入れなかった。
机の
一番下の
引き出しに
入れる。
そこは、
まだ
名前が
ついていない場所だ。
布団に入る。
天井を見る。
今日、
棚の外に
初めて
場所を
作った。
それは、
整理じゃない。
保管でもない。
未処理だ。
未処理なものは、
重い。
重いから、
いずれ
誰かが
触れる。
その誰かが、
俺になるかどうか。
まだ、
分からない。
だが、
戻れない線は
越えた。
棚の外に
一枚
紙がある。
それだけで、
世界の
並びが
少し
歪んだ。
誤字脱字はお許しください。




