第56話 揃わない端
56話です。
朝、
棚の前で
足が止まった。
理由は、
はっきりしている。
一番下の段。
端が、
少しだけ
揃っていない。
ファイルの一つが、
ほんの数ミリ、
前に出ている。
触った形跡が
ある。
父か、
母か。
どちらでも
同じだ。
俺は、
それを
戻そうとして、
やめた。
戻せば、
何も
起きなかったことになる。
戻さなければ、
気づいてしまう。
今日は、
そのままにした。
学校に行くと、
昇降口が
少し騒がしい。
先生が
集まっている。
声は、
低い。
「……聞いてない」
「……報告が
上がってない」
聞こえる言葉が、
今までと
違う。
聞いてない。
上がってない。
未処理。
教室に入ると、
担任が
すぐに
朝の会を始めた。
「今日は、
少し
変則になる」
変則。
その言葉も
珍しい。
「別の学校の件で、
先生たちが
動いてる」
別の学校。
また、
外の話だ。
だが、
今回は
言い切らない。
休み時間、
友だちが
言った。
「昨日のニュース、
続き出てた?」
続き。
「事故じゃ
ないかもって」
ないかも。
その言葉で、
胸の奥が
少しだけ
ざわつく。
事故じゃない。
それは、
棚に
入らない言葉だ。
昼休み、
図書室に行く。
掲示板の
新聞切り抜きが、
一枚
外されている。
端だけ
テープが
残っている。
剥がされた。
理由は、
書いてない。
午後、
担任が
俺を呼んだ。
廊下の端。
「変な話が
出てきててな」
変な。
「君は、
何か
聞いてる?」
聞いてる。
今までと
逆だ。
俺が
聞かれる側ではなく、
探られる側に
なっている。
「何も」
嘘ではない。
聞いていない。
だが、
知っている形と
違う。
担任は、
少し
困った顔をした。
「そうか」
その返事が、
弱い。
家に帰ると、
母が
棚の前にいた。
朝と
同じ場所。
「ねえ」
珍しく、
声を
かけてくる。
「最近、
変な話
聞いてない?」
同じだ。
聞いてない。
探っている。
「普通だよ」
俺は、
そう答えた。
母は、
うなずいたが、
納得は
していない。
夕飯のとき、
父が
言った。
「処理が
遅れてるらしい」
遅れてる。
「全部
出揃って
ないとか」
出揃ってない。
それは、
揃える前提が
あるということだ。
夜、
自分の部屋で
引き出しを開ける。
透明な袋。
紙を
一枚ずつ
確認する。
すべて、
揃っている。
だが、
外の世界では
揃っていない。
揃わないものが
出てきた。
その瞬間、
分かる。
この型は、
完璧じゃない。
完璧じゃないものは、
いつか
目立つ。
棚の端が
揃っていない。
それは、
偶然じゃない。
誰かが
戻せなかった。
戻さなかった。
布団に入る。
天井を見る。
壊れ始めるとき、
音は
小さい。
それでも、
確かに
聞こえる。
俺は、
その音を
もう
聞いてしまった。
誤字脱字はお許しください。




