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『破片のパズル』  作者: くろめがね


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第5話 選ばれなかったほう

第五話です

家に帰ると、

久しぶりにアルバムを取り出してみた。


物置きの奥。

段ボールの下。

ほこりをかぶった布のさらに下から、

ようやく出てきた一冊。


リビングのテーブルに置き、

表紙を開く。


最初の数ページは、

自分が生まれる前の写真だった。

若い父と母。

今の顔つきとは違う、少しだけ柔らかい表情。


ページをめくる。


三人で写った写真が何枚も続く。

父、母、俺。


兄が写っている写真は、その前後に数枚だけある。

写っているはずの誰かが、

途中からぱたりと消える。


あるページで、指が止まった。


そこだけ、写真が一枚抜かれていた。


透明なポケットの中に、

紙の縁をはがした跡だけが残っている。

四角く日焼けした痕。

周りより少しだけ色が薄い。


「ここに……何があったっけ」


声に出してみても、

何も出てこない。


ポケットの裏から光に透かすと、

うすく鉛筆で何か書かれていた形跡が見えた。

消しゴムで消され、

上からボールペンで別の文字が書かれている。


ボールペンのほうは、

「家族」と読めた。


その下に、

消された前の文字の跡が、わずかに残っている。


「こ」から始まる線だった。


兄の友だちの名前も、

近所の子の名前も、

親戚の子の名前も、

いくつか頭に浮かぶ。


どれが本当だったのか、

思い出せない。


アルバムを閉じようとして、

手を止めた。


ポケットに手を入れ、

透明な欠片を取り出す。


バスの中で渡し損ねたのか、

別の日に拾ったのか、

記憶が混ざっている。

角の白い濁り方が、箱に入っていたものと少し違う。


欠片を、写真の抜けたポケットの上に置いてみる。


サイズは合わない。

当たり前だ。

たまたま似ているだけの素材に過ぎない。


それでも、

そこにあるべき「何か」の形だけが、

輪郭を持ち始める。


四人で写った写真。

兄と、俺と、もう一人と、誰か。


母がその写真を嫌がった理由も、

父が裏返した日の空気も、

あまり思い出したくない種類のものだった。


あの日のことで警察が家に来たとき、

父も母も同じ話をした。


「うちは三人家族です」と。


俺も、そう言った。

小さかったから、そう覚えていた、と。


そういうことになった。


違和感を覚えたのは、それからしばらく経ってからだ。


兄の部屋に、

一人分だけ余った服があった。

玄関の靴箱に、サイズの合わない靴が一足だけ残っていた。

呼びかけかけて、途中でやめるような癖が、

家族全員にしばらく残っていた。


その違和感は、

時間が経つにつれて薄れていった。

誰も話題にしなくなった。

写真も、アルバムも、棚の奥で眠るようになった。


三人家族であるという記憶だけが、

正解として定着した。


ただ――バスの中の男の子は、

母親に向かってはっきりと言った。


「ここに、もう一人いた」と。


あの子の記憶は、

まだ上書きされていないのかもしれない。


母親は、その記憶ごと切り取ろうとしているように見えた。


写真から人を抜くとき、

切り取られた側と残された側のどちらが「家族」になるのか。

誰が、どの基準で決めているのか。


バスの忘れ物箱の中には、

名乗り出られなかった写真が一枚残っている。


あの母親が「うちのじゃない」と言い切った一枚。

切り取られた跡と、消された名前がそのまま残されたままの写真。


こちらのほうが、

もともとの形に近いのかもしれない。


うちのアルバムから抜かれた写真も、

どこかの箱の底で、

同じように「持ち主不明」のまま沈んでいるのだろうか。


机の上に欠片を置き、

アルバムを閉じる。


表紙の重みが手に返ってくる。


ページの中で、

三人家族の写真だけが整然と並んでいる。

四人目のスペースは、最初から存在しなかったかのように見える。


それでも、

抜かれた跡と、消された文字と、

バスで拾われた写真の空白だけが、

「そうではなかった」可能性を黙って示している。


あの親子のアルバムの真ん中も、

今ごろは三人分に揃っているのかもしれない。


男の子の記憶が、

いつか「間違い」として処理される日が来るのかもしれない。


そうやって、

世の中の「破片」は少しずつ形を変えながら、

忘れ物箱やポケットや写真立ての裏に紛れていく。


テーブルの上の透明な欠片は、

どこにもはまらないまま、

ただそこにあった。


ほんの少し、光を返しながら。


この時点で、

それが「破片のパズル」の最初の一片だと、

俺はまだ知らない。


誤字脱字はお許しください。

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