第48話 空けておく席
48話です。
その日は、
朝から席が一つ空いていた。
窓側の後ろ。
昨日まで、
あの子が座っていた席だ。
担任は、
何も言わない。
出欠も、
普通に取る。
名前は呼ばれ、
返事がない。
それだけ。
一時間目が終わる頃、
担任が
俺のところに来た。
「今日、
放課後、
少し時間あるか」
質問の形だが、
断る前提ではない。
「あります」
そう答えると、
担任は
それ以上言わなかった。
昼休み、
職員室の前を通ると、
昨日の視聴覚室にいた
スーツの人がいた。
今日は、
別の書類を
手にしている。
養護教諭と
話している。
声は、
聞こえない。
だが、
視線が
一度だけ
こちらに来る。
覚えられている。
午後の授業は、
内容が
頭に入らなかった。
黒板の文字より、
空いている席が
目に入る。
誰も、
そこを
使わない。
空けてある。
放課後、
指定されたのは
職員室の奥だった。
応接用の
小さな部屋。
机と椅子。
壁に
時計。
中にいたのは、
担任と
昨日のスーツの人。
「座って」
そう言われ、
椅子に座る。
机の上に、
一枚の紙が置かれる。
見覚えのある
フォーマット。
転倒。
原因。
関与者。
まだ、
空白だ。
「昨日の子、
今日は
休んでる」
担任が言う。
「家で、
少し
不安になったらしい」
不安。
「保護者が、
少し
心配しててね」
心配。
それは、
事実でもあり、
理由でもある。
スーツの人が
口を開く。
「昨日の説明、
とても
助かりました」
助かった。
まただ。
「今日は、
あなたに
もう一度
聞きたい」
聞きたい。
「昨日の転倒、
本人が
誰かに
何かされたと
言ったことは
ありませんね」
言ったこと。
俺は、
一瞬だけ
考えた。
昨日、
あの子は
何も言っていない。
だが、
今日、
何を言ったかは
知らない。
知らないことを、
どう扱うか。
棚が
頭に浮かぶ。
事故。
整理。
盾。
空白は、
危険だ。
「ありません」
俺は、
そう言った。
事実ではない。
だが、
否定できる
材料もない。
スーツの人は、
うなずく。
担任も、
うなずく。
「あなたが
そう言うなら」
その言葉で、
位置が
確定する。
俺が
基準だ。
「本人が
落ち着いたら、
この件は
ここまでにします」
ここまで。
紙に、
文字が書かれる。
椅子。
足。
滑った。
昨日と
同じ言葉。
書かれる音が、
静かだ。
部屋を出るとき、
担任が
小さく言った。
「助かったよ」
助かった。
何度目か
分からない。
帰り道、
校門の外で
あの子の母親を
見かけた。
顔は、
疲れている。
俺を見ると、
一瞬だけ
立ち止まる。
何か
言いたそうにして、
結局
何も言わない。
俺も、
何も言わない。
言わないほうが、
形は
保たれる。
家に帰ると、
母が
夕飯の準備をしていた。
「今日は、
遅かったね」
「確認」
それだけで、
通じる。
「大丈夫だった?」
「大丈夫」
その言葉を、
もう
疑わない。
夜、
自分の部屋で
引き出しを開ける。
透明な袋。
今日は、
紙を入れた。
応接室で使われた
フォーマットの写し。
空白が
埋まった状態。
袋の中で、
紙が
音を立てずに
重なる。
布団に入る。
天井を見る。
今日、
俺は
知らないことを
否定した。
求められたからだ。
求められた言葉を
出せば、
場は
静かになる。
静かになることが、
正解になっている。
だが、
空いている席は
まだ
教室にある。
その席が
埋まるかどうかは、
俺の言葉とは
別だ。
それでも、
俺は
使われた。
それを、
はっきり
自覚している。
電気を消す。
棚の一番下。
書類の隙間に、
俺の居場所が
できている。
空けておく席。
それは、
教室だけじゃない。
誤字脱字はお許しください。




