第47話 欠けると困る人
47話です。
三時間目の途中で、
チャイムが鳴った。
予定より、
少し早い。
担任が
教室に入ってくる。
「このあと、
少し話がある」
全体に向けた
言い方だ。
だが、
視線は
一度だけ
俺のところで
止まった。
移動先は、
視聴覚室だった。
机は
端に寄せられ、
椅子が
円になる。
人数は、
少ない。
昨日の教室にいた子。
転んだ子。
近くにいた子。
それから、
俺。
他に、
二人。
養護教諭と、
校外の人。
スーツ。
柔らかい声。
机の上に
紙はない。
「確認です」
最初に
そう言った。
確認。
その言葉で、
場の形が
決まる。
「昨日の件、
誰かが
意図的に
関わったことは
ありませんね」
意図的。
言葉が、
少しだけ
鋭い。
一瞬、
間があく。
その間に、
俺は
順番を見た。
誰が
先に
答えるか。
転んだ子は、
俯いている。
近くにいた子は、
俺を見ている。
担任は、
全体を見ている。
誰も、
口を開かない。
だから、
俺が言った。
「ありません」
声は、
思ったより
落ち着いていた。
「椅子に
足が引っかかっただけです」
昨日と
同じ言い方。
だが、
今日は
違う。
俺が
代表して
言っている。
スーツの人が
うなずく。
「そうですね」
その一言で、
流れが
決まる。
他の子たちも、
続く。
「見てただけ」
「何もしてない」
「気づいたら
転んでた」
言い方は、
揃っている。
揃っていること自体が、
証拠になる。
「分かりました」
スーツの人は、
それ以上
聞かない。
聞かないことが、
仕事だ。
担任が
まとめる。
「じゃあ、
この件は
ここまでで」
ここまで。
誰も、
異議を
出さない。
視聴覚室を
出るとき、
養護教諭が
俺の横に来た。
「助かったわ」
声は、
小さい。
だが、
はっきりしている。
助かった。
誰が、
とは言わない。
昼休み、
転んだ子が
俺のところへ来た。
周りを
気にしてから、
言う。
「ありがとう。
もし、
あの場で
何も言ってくれなかったら……」
言葉は、
途中で
切れる。
続きを
言わせない。
「大丈夫」
それだけで、
十分だ。
午後、
別の先生が
俺を呼んだ。
「ちょっと
確認」
まただ。
廊下の端。
「昨日の件、
落ち着いたって
聞いてる」
聞いている。
「君が
ちゃんと
説明してくれた
おかげだな」
おかげ。
それは、
評価だ。
「今後も、
何かあったら
頼むよ」
頼む。
その言葉が、
胸に残る。
頼まれる。
それは、
必要とされている
ということだ。
放課後、
昇降口で
靴を履いていると、
別のクラスの子が
話しかけてきた。
「さ、
ちょっと
聞いていい?」
聞いていい。
「昨日の、
本当に
事故なん?」
俺は、
答えなかった。
代わりに、
一度だけ
うなずいた。
それで、
十分だった。
家に帰ると、
母が
言った。
「学校、
落ち着いたって」
「うん」
「よかった」
よかった。
父は、
新聞を読んでいる。
目を上げずに
言う。
「君が
ちゃんとしてるからだ」
ちゃんとしている。
その言葉は、
褒め言葉だ。
同時に、
位置を
固定する。
自分の部屋に戻り、
引き出しを開ける。
透明な袋。
今日も、
紙は増えない。
だが、
袋の周りに
空気が
変わった。
俺が
いなければ、
形が
崩れる。
誰かが
困る。
だから、
呼ばれる。
確認される。
頼まれる。
それは、
もう
偶然ではない。
布団に入る。
天井を見つめる。
今日、
俺は
一人を
守った。
同時に、
全体を
守った。
だが、
それは
俺が
そこにいたからだ。
欠けると
困る人。
その位置に、
俺は
立ってしまった。
動けば、
音が出る。
だから、
動かない。
それが、
一番
安全だと
知っている。
電気を消す。
棚の位置が、
頭に浮かぶ。
一番下の段。
そこに、
俺自身が
置かれ始めている。
誤字脱字はお許しください。




