第45話 組み立てる前
45話です
それは、
放課後の教室で起きた。
机はそのまま。
椅子だけが、
少し乱れている。
掃除当番が
終わりかけていた。
黒板を拭く音。
机を引く音。
その中で、
一つだけ
違う音がした。
ガタン。
椅子が倒れる音だ。
振り向くと、
一人が
床に座り込んでいた。
川の件で、
俺に礼を言った
あの子だった。
「大丈夫?」
誰かが言う。
「あ……うん」
立ち上がろうとして、
少し遅れる。
担任が
すぐに来た。
「どうした?」
「足、
ちょっと」
その言い方に、
空気が
一瞬だけ
張る。
足。
遅れ。
転倒。
それだけで、
連想は
進んでしまう。
「保健室、
行こう」
担任は、
そう言った。
保健室へ向かう途中、
俺も
呼ばれた。
「一緒に」
理由は、
言われない。
保健室では、
養護教諭が
淡々と対応する。
靴を脱がせ、
足を見る。
腫れは、
ほとんどない。
「転んだの?」
「……ちょっと」
「どこで?」
「教室で」
そこまでで、
十分なはずだった。
だが、
養護教諭は
一枚の紙を
取り出した。
あの
フォーマット。
外傷。
転倒。
原因。
「誰か、
押したりした?」
その問いが、
空気を変える。
教室で。
転倒。
押した。
それは、
書けてしまう形だ。
俺は、
その瞬間に
理解した。
ここで
何も言わなければ、
この出来事は
「未整理」になる。
未整理なものは、
後で
触られる。
触られると、
広がる。
棚の中の
書類が
頭に浮かぶ。
事故。
転落。
注意喚起。
安全対策。
すべて、
早く整えたから
守られた。
だから、
俺は
先に言った。
「滑っただけです」
養護教諭が、
俺を見る。
担任も、
見る。
「椅子、
引くときに
足が引っかかって」
言葉は、
自然に
続いた。
椅子。
足。
引っかかる。
誰も
否定しない。
「そうだった?」
養護教諭が
本人に聞く。
一瞬、
間があった。
その間に、
決まる。
「……うん」
その一言で、
形は完成する。
養護教諭は、
紙に
何かを書いた。
書く音が、
小さい。
「じゃあ、
安静にね」
それで、
終わった。
教室へ戻る途中、
あの子が
小さく言った。
「ありがとう」
声は、
震えていない。
感情ではなく、
処理への
礼だ。
俺は、
うなずいた。
「大丈夫」
それだけ。
放課後、
家に帰る。
母が聞く。
「今日は、
何かあった?」
一瞬、
迷った。
だが、
もう
迷いは
短い。
「転んだ子が
いただけ」
「事故?」
「事故」
母は、
それで
安心した。
父は、
新聞を読んでいる。
聞いていない。
聞かないことで、
整っている。
夜、
自分の部屋で
引き出しを開ける。
透明な袋。
今日は、
紙を入れなかった。
だが、
入れなくても
分かる。
今の出来事は、
袋に
入れられる構造だ。
棚の前に
立つ。
一番下の段。
兄の件の
書類の横に、
今日の出来事が
見える。
同じだ。
事故。
滑った。
仕方ない。
違うのは、
誰が
組み立てたか。
今日は、
俺だ。
布団に入る。
天井を見る。
今日、
俺は
嘘をついた。
だが、
それは
衝動じゃない。
組み立てた。
棚の中に
入る形に。
それが、
一番
静かなやり方だと
知っていた。
目を閉じる。
兄の迎え。
砂場。
川。
棚。
すべて、
同じ順番で
並んでいる。
俺は、
その並べ方を
もう
覚えてしまった。
誤字脱字はお許しください。




