第44話 慣れる手つき
43話です
きっかけは、
小さなことだった。
翌週の月曜、
担任が
俺を呼び止めた。
廊下の端。
人の少ない場所。
「ちょっと、
聞きたいことがある」
声は、
柔らかい。
だが、
柔らかいときほど
内容は決まっている。
「この前の川の件、
保護者の方から
問い合わせがあってね」
問い合わせ。
「あなた、
近くにいたって
聞いてる」
聞いている。
誰が、
とは言わない。
「何か、
追加で
気づいたことは?」
俺は、
一瞬だけ
言葉を探した。
だが、
探す必要はなかった。
もう、
ある。
棚に。
「報告書に
書いてある通りです」
自然に出た。
担任は、
少し驚いた顔をした。
「……ああ、
市の?」
「はい」
はい、
と答えた自分に
違和感はなかった。
担任は、
うなずいた。
「そうか。
じゃあ、
大丈夫だな」
大丈夫。
この言葉は、
何度も使われている。
教室に戻ると、
席の周りの空気が
少し変わっていた。
誰かが
こちらを見る。
だが、
すぐに
視線は外れる。
説明は、
もう済んでいる。
昼休み、
友だちが聞いてくる。
「先生に
呼ばれてたな」
「確認」
それだけで、
通じる。
午後、
保健室の前を通ると、
扉が開いていた。
中で、
養護教諭が
書類を整理している。
ファイルの色は、
見覚えがある。
同じ。
俺は、
足を止めなかった。
止める理由が、
ない。
家に帰ると、
母が言った。
「学校から、
何か言われた?」
「確認」
また、
同じやり取り。
「それなら、
いい」
母は、
それで終わらせる。
夕食後、
棚の前に立つ。
無意識だった。
一番下の段。
ファイルの背を
指でなぞる。
触れ方が、
分かる。
どれを
引けばいいかも。
今日は、
引かない。
だが、
引けるという
感覚が
手に残る。
自分の部屋に戻り、
透明な袋を見る。
中身は、
増えていない。
だが、
袋の口を
開け閉めする
手つきが
変わっていた。
迷いがない。
慣れ。
それが、
一番
危ない。
布団に入る。
今日、
俺は
自分を守った。
棚の言葉を
使って。
誰にも、
頼まれていない。
自分で
選んだ。
それが、
今までと
違う。
目を閉じる。
慣れた手つきで
守ることは、
もう
特別じゃない。
特別じゃないことは、
繰り返される。
繰り返されると、
それは
やり方になる。
この家の
やり方が、
俺の
やり方になる。
棚は、
今日も
動かない。
だが、
使う人は
増えている。
その中に、
俺も
入った。
誤字脱字はお許しください。




