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『破片のパズル』  作者: くろめがね


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39/65

第39話 説明の練習

39話です

その日は、

朝から雨だった。


強くはない。

だが、

傘をささないと

濡れる程度。


校門の前で、

靴底が滑る。


誰かが転び、

笑い声が上がる。


先生が言う。


「走らない」


それで終わる。


教室に入ると、

席が一つ空いていた。


川の件で

封筒を持っていた

あの子の席だ。


理由は、

掲示されていない。


「体調不良」


それで、

十分だ。


一時間目の途中、

担任が

俺の名前を呼んだ。


「後で、

 少し」


理由は言わない。


言われなくても、

分かる。


廊下は、

雨の音で

少し暗い。


保健室の前を通り、

さらに奥へ行く。


会議室。


扉が閉まると、

外の音が

消えた。


中には、

三人いた。


担任。

養護教諭。

知らない大人。


市役所で見た

あの雰囲気と

同じだ。


机の上には、

紙が数枚。


その一番上に、

見覚えのある

フォーマット。


特記事項。

外傷歴。


俺が

昨日コピーした紙と

同じだ。


「確認だけだから」


担任が言う。


確認。


この言葉が出るとき、

すでに

方向は決まっている。


「川の件、

 近くにいたって

 聞いてる」


聞いている。


誰から、

とは言わない。


「何か、

 気づいたことはある?」


俺は、

少し考える。


考える時間が

与えられている。


その間に、

頭の中で

言葉が並ぶ。


遊んでいた。

石を落としていた。

足を滑らせた。


順番も、

言い回しも、

もう出来ている。


「……遊んでて、

 たまたま」


口から、

自然に出た。


自然に、

という感覚が

少し怖い。


「危ないことは?」


「してない」


即答だった。


養護教諭が、

うなずく。


知らない大人は、

何も書かない。


書かないことで、

成立する。


「それで、

 怖くなった?」


「少し」


「誰かを

 押したり?」


「してない」


言葉は、

一つも

引っかからない。


すべて、

既に使われた

言い方だ。


担任が、

紙を重ねる。


「ありがとう。

 もう大丈夫」


大丈夫。


また、

その言葉。


部屋を出ると、

廊下の空気が

少し軽い。


だが、

胸の奥に

重さが残る。


説明した。


聞かれたからではない。

求められた形で。


それは、

初めてではない。


ただ、

自覚したのが

初めてだ。


昼休み、

教室で

友だちが聞いてくる。


「呼ばれた?」


「うん」


「何か言われた?」


「確認だけ」


確認。


それで、

会話は終わる。


放課後、

雨は上がっていた。


校門の前で、

あの子が

立っていた。


今日は、

席にいなかった子。


封筒は、

もう持っていない。


「……何、

 聞かれた?」


珍しく、

向こうから

話しかけてきた。


声は、

小さい。


俺は、

少し間を置いて

答えた。


「遊んでて、

 たまたまって」


その子は、

それを聞いて

うなずいた。


「……それで、

 いいよね」


確認だ。


「いいと思う」


そう答えた瞬間、

俺は

自分が

説明する側に

なったことを

はっきり感じた。


家に帰ると、

母が言った。


「学校、

 何かあった?」


「確認」


それだけで、

通じる。


父は、

何も聞かない。


夕食後、

自分の部屋で

引き出しを開ける。


透明な袋。


今日、

もう一枚

紙を入れた。


会議室で使われた

フォーマットの写し。


欄は、

ほとんど空白。


だが、

説明は

俺の中に

残っている。


説明は、

紙より

軽い。


軽いから、

運べる。


運べるから、

渡せる。


それが、

一番

危ない。


布団に入る。


雨の匂いが、

まだ残っている。


今日、

俺は

言葉を

借りただけだ。


だが、

借りた言葉は

返さなくていい。


次に、

誰かが使う。


その順番に、

俺は

組み込まれた。


誤字脱字はお許しください。

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