第37話 重なる場所
37話です
その家と、
俺の家は、
離れている。
電車で二駅。
歩けば一時間以上。
交わる理由は、
本来ない。
だが、
交わる場所は、
いつも限られている。
病院。
学校。
そして、
記録が集まる場所。
母に頼まれて、
書類を届けに行った。
市役所の別館。
低い建物。
入口の自動ドアは、
少し遅れて開く。
中は、
静かだった。
待合の椅子に、
数人が座っている。
年配の人。
若い母親。
子どもを連れた父親。
全員、
手に同じ色の封筒を持っている。
番号札を取る。
俺の番号は、
二十七。
表示板に、
二十五が点灯している。
少し待てば、
呼ばれる。
その間に、
隣の席の会話が聞こえた。
「……学校のほうから
言われて」
母親の声。
「事故扱いで
いいって」
事故。
「でも、
書類だけは
出してくださいって」
書類。
父親が、
うなずいている。
「形式だから」
形式。
その言葉で、
話は終わる。
番号が進み、
俺が呼ばれる。
窓口に行くと、
職員が
封筒を受け取った。
中身を確認し、
端末を操作する。
「……こちらですね」
画面を
少しだけ
こちらに向ける。
名前。
生年月日。
学校名。
それから、
備考欄。
「転落事故」
その文字が、
一瞬だけ見えた。
「事故扱い、
でいいんですね」
確認。
俺は、
うなずいた。
それで、
終わる。
印鑑は、
いらない。
署名も、
求められない。
事実確認だけ。
窓口を離れると、
さっきの家族が
まだ待っていた。
子どもは、
椅子の下で
靴を揺らしている。
サイズは、
少し小さい。
見覚えのある形だ。
目が合う。
一瞬だけ。
その子は、
すぐに
視線を逸らした。
何かを
知っている目だ。
だが、
言わない目。
自動ドアを出ると、
外は明るかった。
建物の前の
掲示板に、
紙が貼られている。
「各種届出は
事故・事件の
区分にご注意ください」
注意。
注意が必要なのは、
起きたことではない。
どう扱うかだ。
帰り道、
バスに乗った。
車内は、
空いている。
吊革が揺れる。
座席の端に、
忘れ物があった。
小さなタオル。
名前は、
書いていない。
運転手は、
気づいていない。
俺は、
そのままにした。
その日の夜、
母が言った。
「書類、
ちゃんと出せた?」
「出せた」
「何も
言われなかった?」
「うん」
母は、
それで安心したようだった。
父は、
テレビを見ている。
ニュースの音は、
小さい。
「別の町で、
子どもの転落事故がありました」
また、
同じ言い方。
父は、
チャンネルを変える。
「最近、
多いな」
多い。
それは、
数の問題ではない。
扱いが
共有された、
という意味だ。
自分の部屋に戻り、
引き出しを開ける。
透明な袋。
中に、
何も入っていない。
だが、
今日は
一つだけ
位置が決まった。
市役所。
窓口。
備考欄。
そこは、
欠片ではなく
重なりだ。
別の家。
別の子ども。
別の事故。
だが、
同じ窓口で
同じ言葉が使われる。
それで、
一つになる。
布団に入る。
今日、
特別なことは
何もなかった。
書類を出し、
確認し、
帰っただけだ。
だが、
同じ場所で
同じ処理を受けた家が
確かにあった。
それだけで、
十分だった。
この先、
また別の家が
同じ場所に来る。
順番は、
もう決まっている。
誤字脱字はお許しください。




