第36話 別の家
36話です。
その家は、
駅から少し離れた住宅街にあった。
同じような二階建てが並び、
同じような色の車が停まっている。
表札の文字も、
特別ではない。
違うのは、
玄関先に置かれた
子どもの靴の数だった。
三足。
サイズは、
少しずつ違う。
その家の一番下の子は、
よく外で遊んでいた。
放課後、
友だちと集まる場所は
決まっていない。
空き地。
駐車場の端。
工事が止まっている区画。
理由は、
人の目が少ないからだ。
その日も、
ただ集まった。
特別な遊びは、
なかった。
石を蹴る。
木の枝を折る。
段差から飛び降りる。
誰かが言う。
「もっと、
高いところから
行ってみよう」
それは、
提案というより
思いつきだった。
一番上の子は、
黙っていた。
止めなかった。
下の子が、
先に行く。
靴のサイズが、
一番小さい。
段差の上で、
バランスを取る。
下を見る。
「いける?」
誰かが聞く。
「いける」
返事は、
軽い。
次の瞬間、
音が変わる。
靴が
地面に当たる音ではない。
体が
何かに当たる音。
乾いた音のあと、
間があく。
誰も、
すぐに声を出さない。
その沈黙の間に、
順番が決まる。
一番下の子が
動かない。
上の子が
覗き込む。
「……大丈夫?」
返事はない。
一人が
走り出す。
「親、呼んでくる!」
それで、
動きが分かれる。
残る子。
離れる子。
立ち尽くす子。
家に一番近かったのは、
上の子だった。
玄関を開ける。
「ちょっと……」
言葉が、
途中で止まる。
母親は、
台所にいた。
火を使っている。
「どうしたの?」
声は、
落ち着いている。
「……落ちた」
それだけで、
伝わる。
母親は、
火を止め、
手を洗う。
その動きは、
速い。
外に出ると、
すぐに状況を見た。
体勢。
高さ。
音の記憶。
「救急車、
呼んで」
上の子が、
電話を取る。
番号は、
すぐに押せた。
救急車は、
すぐに来た。
サイレンは、
鳴らさない。
近所だからだ。
搬送。
その間、
母親は
何度も同じ言葉を
口にした。
「遊んでただけです」
「ふざけてただけで」
「危ないことは
してません」
言い方は、
整っている。
どこかで
聞いたことのある
言葉だ。
夜、
その家は静かだった。
上の子は、
自分の部屋にいる。
机の上には、
教科書と
スマートフォン。
画面には、
短いニュース。
「子どもが
遊んでいて
転落」
遊んでいて。
転落。
それ以上、
書いていない。
母親は、
洗濯機を回していた。
汚れた服が
一緒に入る。
区別は、
しない。
父親は、
帰りが遅い。
理由は、
聞かれない。
家族の中で、
言葉は
すでに決まっていた。
遊び。
事故。
不注意。
それ以上の
言い方は、
必要ない。
上の子は、
布団に入ってから
天井を見つめていた。
段差。
音。
間。
それらは、
頭の中に
残っている。
だが、
言葉にはならない。
言葉にしなければ、
形にならない。
形にならなければ、
処理できる。
それを、
この家は
もう知っている。
その夜、
別の場所で
俺は
透明な袋を
引き出しから出していた。
まだ、
何も入っていない。
だが、
入るものは
増え続けている。
同じ言い方。
同じ順番。
別の家。
それらは、
もう
つながっている。
誤字脱字はお許しください。




