第34話 別の言い方
34話です。
川の話は、
三日ほどで
過去のものになった。
教室で、
誰かがふと思い出したように言う。
「そういえばさ、
あの川のやつ」
その言葉は、
続かなかった。
隣の子が、
すぐに別の話題を出す。
「昨日のテストさ」
それで、
話は切り替わる。
誰も、
止めない。
止める必要がない。
思い出話は、
そうやって
形を変える。
放課後、
俺は一人で
川沿いの道を歩いた。
フェンスは、
すでに撤去されている。
注意の張り紙だけが
一本の柱に残っている。
文字は、
雨で少し滲んでいる。
「川は危険です」
いつから
危険だったのかは
書いていない。
石を一つ拾い、
川に投げる。
音は、
前と同じだ。
跳ねて、
沈む。
何も、
変わっていない。
家に帰ると、
母が台所で
ラップを切っていた。
音が、
一定だ。
「遅かったね」
「川のほう、
通ってきた」
母の手が、
一瞬だけ止まった。
「もう、
行かなくていいでしょ」
その言い方は、
禁止ではない。
忠告だ。
「……なんで?」
俺は、
そう聞いた。
自分でも、
驚いた。
理由を
聞く必要は
ないはずだった。
母は、
ラップを
最後まで切り、
端を揃えた。
「危ないから」
それ以上は、
言わない。
俺は、
続けようとした。
別の言い方が
浮かんだからだ。
遊び。
高さ。
落ちた音。
誰かが下にいたこと。
それを、
どう言えばいいのか。
言い方は、
決まっているはずなのに。
父が、
リビングから
声をかけた。
「宿題、
先にやれ」
その一言で、
会話は終わる。
終わらせる言葉だ。
夜、
夕食のあとで
テレビを見ていると、
バラエティ番組で
川が映った。
芸人が、
ふざけて
水に入る。
笑い声。
母は、
少しだけ
顔をしかめた。
だが、
何も言わない。
父は、
チャンネルを変える。
それだけだ。
自分の部屋に戻り、
机に座る。
引き出しを開ける。
欠片の列は、
増えていない。
だが、
並び方が
少し変わった気がした。
迎えの時間。
砂。
川。
それぞれ、
別の出来事なのに、
同じ位置に
置かれている。
扱いが
同じだからだ。
俺は、
紙を一枚取り出した。
白紙。
そこに、
何かを書こうとする。
書こうとして、
止まる。
書けば、
言い方が
一つ増える。
言い方が増えると、
扱いが
揺れる。
揺れると、
誰かが
困る。
ペンを置き、
紙を戻す。
書かなかったことも、
一つの選択だ。
布団に入る前、
窓の外を見る。
川は、
暗くて
見えない。
音だけが、
かすかに聞こえる。
流れは、
止まらない。
止めないまま、
忘れる。
それが、
一番
自然な形だ。
電気を消す。
今日は、
別の言い方を
しなかった。
それで、
一日は
終わった。
誤字脱字はお許しください。




