第32話 固定される日
32話です。
川の前には、
黄色いテープが張られた。
赤ではない。
立ち入り禁止、
というほどではない。
注意、
という扱いだ。
橋の上から、
下を覗く人がいる。
だが、
長くは見ない。
見続ける理由がない。
学校では、
朝の会で
先生が話した。
「昨日の件は、
事故です」
事故。
「危ない遊びは
やめましょう」
遊び。
それで、
話は終わる。
名前は、
出ない。
クラスも、
言われない。
知っている人だけが
知っている。
それで、
十分だ。
昼休み、
先生が
数人の子を呼んだ。
別室。
俺も、
その中にいた。
机と椅子だけの部屋。
窓は、
少しだけ開いている。
空気が、
動かない。
「昨日、
川で遊んでた人」
先生が言う。
誰も、
手を挙げない。
「見てた人でもいい」
それでも、
誰も動かない。
沈黙は、
長引かない。
先生は、
一人の名前を呼んだ。
川に落ちた子の、
一番近くにいた子。
その子は、
ゆっくり立ち上がった。
「どうして、
落ちたと思う?」
先生は、
優しい声で聞く。
「……足、
滑らせた」
それで、
話は決まる。
「押されたり、
ふざけたりは?」
「……してない」
「そう」
先生は、
それ以上聞かない。
メモも、
取らない。
事故として、
固定する。
それが、
今日の目的だ。
放課後、
父が迎えに来た。
車に乗ると、
すぐにラジオをつける。
「川での転落事故について、
警察は
事件性はないとしています」
同じ言葉。
違う場所でも、
同じ形。
父は、
音量を下げた。
「変なこと、
聞かれなかったか」
「聞かれた」
「どう答えた」
「足、
滑らせたって」
父は、
それを聞いて
うなずいた。
「それでいい」
また、
その言葉だ。
家に帰ると、
母が電話をしていた。
声は、
低い。
「……はい」
「……事故ということで」
「……分かりました」
電話を切る。
「誰から?」
「学校」
それ以上、
説明はない。
夕方、
川沿いに
人はいなかった。
テープは、
まだある。
だが、
誰も守っていない。
危険は、
もう固定された。
夜、
ニュースは短い。
「転落事故の捜索は、
本日も続いています」
続いている。
終わっていない。
だが、
扱いは決まっている。
布団に入る。
昨日の音は、
少し薄れている。
代わりに、
先生の声が残る。
「事故です」
その言葉は、
もう
みんなの中に入った。
引き出しの奥の紙は、
動かない。
今日のことも、
紙にならない。
事故は、
記録される。
だが、
そこに
遊びの延長は
書かれない。
それが、
固定された形だ。
誤字脱字はお許しください。




