第30話 埋め直し
30話です
公園の工事は、
朝から始まった。
重機は入らない。
人の手だけ。
スコップ。
トンボ。
一輪車。
作業員は、
三人だけだった。
砂場のシートが外され、
掘り返された砂が
均されていく。
深さを測る人はいない。
どこまで掘られていたかを
確認する人もいない。
埋め直すだけだ。
掲示板には、
新しい紙が貼られた。
「安全確認が完了しました」
完了。
それで、
作業の理由は
終わる。
学校では、
その日の朝から
公園の話が出なくなった。
先生が言った。
「もう、
終わったことです」
終わった。
その言葉で、
続きを考える必要がなくなる。
放課後、
俺は遠回りをして
公園の前を通った。
フェンスは、
まだある。
だが、
中はもう
普通の砂場だった。
掘られた跡は、
どこにもない。
足跡も、
残っていない。
誰かが
埋まっていた場所は、
誰にも分からない。
家に帰ると、
母が洗濯物を干していた。
白いシャツ。
タオル。
子どもの頃から
使っているもの。
一枚だけ、
見慣れない服が混じっている。
小さなパーカー。
兄のものだ。
いつの間にか、
洗われている。
「それ、
まだ残ってたんだ」
俺が言うと、
母は手を止めずに答えた。
「着られるでしょ」
着られる。
着られるものは、
残す。
着られないものは、
処分する。
基準は、
それだけだ。
夕方、
父が帰ってきた。
「工事、
終わったな」
ニュースを
見ながら言う。
「早かったね」
母が答える。
早いほうが、
いい。
時間が経つと、
扱いづらくなる。
三人で、
夕食をとる。
会話は、
天気と
明日の予定。
誰も、
公園の話をしない。
誰も、
子どもの話をしない。
終わったからだ。
夜、
自分の部屋で
引き出しを開ける。
欠片の列。
夜行バス。
名札。
病院。
迎えの時間。
そして、
今日。
砂。
それを、
新しく置くことはしない。
砂は、
残らない。
触れば、
形が変わる。
だから、
欠片にならない。
それが、
一番
都合がいい。
布団に入る前、
窓の外を見る。
街灯の光の下で、
公園の砂場が
静かに横たわっている。
誰もいない。
何もない。
子どもは、
遊ばなかったことになる。
穴は、
最初から
なかったことになる。
誰かが
落ちたことも、
誰かが
埋めたことも。
すべて、
遊びの延長で
終わる。
電気を消す。
暗闇の中で、
今日という日が
片づけられていく。
事故でも、
事件でもない。
いたずら。
そして、
安全確認済み。
それが、
この一連の出来事の
正式な名前だ。
明日から、
子どもたちは
別の場所で
遊ぶ。
砂は、
また掘られる。
だが、
深さだけは
覚えられない。
誰も、
どこまで掘ったかを
言わない。
言わないことで、
すべてが
守られる。
引き出しを閉める。
出さなかった紙は、
まだ奥にある。
だが、
砂のことは
入らない。
入れようがない。
それが、
この章の
終わりだった。
誤字脱字はお許しください。




