第26話 遊びの延長
26話です
学校の帰り道、
公園の前を通った。
滑り台。
ブランコ。
砂場。
全部、使われていない。
平日の昼間だから、
当然だ。
柵の内側に、
一つだけ新しいものがあった。
赤いテープ。
立ち入り禁止、
と書いてある。
俺は立ち止まり、
少しだけ中を見た。
砂場の端が、
不自然に掘り返されている。
誰かが遊んだ跡だ。
だが、
途中でやめている。
完成していない穴。
そこに、
意味はない。
意味が出るのは、
後からだ。
家に帰ると、
母が電話をしていた。
声は低い。
短い言葉だけ。
「……ええ」
「そうです」
「分かりました」
電話を切ると、
母は俺を見た。
「公園、
しばらく使えないって」
「なんで」
「危ないから」
それ以上、
説明はない。
危ない、
という言葉は便利だ。
理由を省略できる。
その夜、
父が遅く帰ってきた。
ネクタイを外しながら、
言った。
「近所で、
ちょっとした騒ぎがあった」
ちょっとした。
「子どもの遊びだ」
父は、
そう付け加えた。
母は、
それ以上聞かない。
俺も、
聞かなかった。
聞かないことが、
この家では
普通になっている。
翌日、
学校で噂を聞いた。
昼休み。
廊下。
「知ってる?」
「公園の砂場」
「穴掘ってたんだって」
「深く?」
「分かんないけど」
「先生が来たらしい」
断片だけが、
行き交う。
誰も、
結論を知らない。
結論は、
まだ出ていない。
放課後、
もう一度公園の前を通った。
赤いテープは、
増えている。
砂場の周囲だけでなく、
遊具の一部も囲われている。
「遊びの延長」
そんな言葉が、
頭に浮かんだ。
いたずら。
試し。
競争。
どこまで掘れるか。
誰が一番深く。
そこに、
悪意はない。
ただ、
深くなりすぎただけだ。
帰宅すると、
母が台所で
手を洗っていた。
洗い方が、
いつもより丁寧だ。
指の間。
爪の先。
何度も。
「何かあった?」
俺が聞くと、
母は首を振った。
「砂、
すごかったのよ」
砂。
「公園?」
「……そう」
母は、
それ以上言わない。
手を拭き、
布巾を
きれいに畳む。
その仕草は、
慣れている。
その夜、
ニュースはなかった。
事件性がない。
事故とも言えない。
子どもの遊び。
それで、
片づく。
だが、
寝る前、
母が言った。
「遊びでもね、
やり直せないことって
あるのよ」
独り言のようだった。
誰に向けた言葉か、
分からない。
俺は、
自分の部屋に戻った。
引き出しを開ける。
欠片の列は、
そのままだ。
そこに、
まだ加わっていない
大きな空白がある。
砂場の穴。
そこに、
何が入るのか。
まだ、
誰も知らない。
俺は、
引き出しを閉めた。
翌日から、
公園は完全に閉鎖された。
理由は、
掲示板に貼られている。
「安全確認のため」
安全。
それは、
いつも
事後に使われる言葉だ。
遊びは、
終わった。
だが、
結果は
まだ処理されていない。
それを、
誰が
どう片づけるのか。
それが、
次に起こることだ。
誤字脱字はお許しください。




