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『破片のパズル』  作者: くろめがね


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第2話 見つかったはずの一枚

第二話です

いくつか停留所を過ぎたころ、

男の子が立ち上がった。


アルバムを胸に抱えたまま、

座席と座席のすきまをのぞき込む。


「ちょっと、何してるの」


母親が袖を掴む。


「落ちたかもしれないじゃん」


「ここで?」


「うん。

 家で見たとき、ここにちゃんと入ってたもん」


男の子は、アルバムの真ん中のポケットを指さした。


母親は小さくため息をつく。


「走ってるときに立ったら危ないよ」


その言葉と同時に、

運転席のほうからマイクの音がした。


「車内で立ち上がるお客様は、お気をつけください」


当たり障りのない注意喚起。

だがタイミング的に、

さっきのやり取りに反応したようにも聞こえた。


運転手の目がミラー越しにこちらを見る。


男の子は、掴まれた腕を振りほどいてはいない。

ただ、視線だけが床を探している。


その視線の先に、座席の下がある。


俺の足元にも、座席の影が落ちていた。


さっきの透明な欠片は、

もう見えない。


バスが赤信号で止まったとき、

前方の座席から声が上がった。


「すみません、これ……」


中年くらいの男が、足元から何かを拾い上げていた。

指先につままれた小さな四角形。

写真だった。


男の子と母親の席の斜め前あたり。

そこから少し離れた場所に落ちていたらしい。


母親が立ち上がる。


「あ、それ……!」


男の子も一緒になって前方へ出ようとしたが、

母親に肩を押さえられ、座席に戻された。


母親が写真を受け取り、確認する。

一瞬、表情が固まった。


「……はい。すみません、ありがとうございます」


そう言って、深く頭を下げた。


写真は、

真ん中のポケットに戻された。


これで一件落着――

のはずだった。


男の子の顔が曇る。


「ちがう」


アルバムを覗き込んで、小さく言った。


「これじゃない」


母親は、聞こえないふりをして座席に戻った。

アルバムを膝の上に置く。


「さっきのと同じでしょ」


「ちがうって。

 さっきのは、ここにもう一人いたもん」


男の子は、真ん中の写真の空いたスペースを指でなぞった。


そこには、

母親と男の子の上半身が写っている。

背景はよくある公園。

並んで、カメラのほうを見て笑っている。


隣に誰かが写っていたような余白は、

たしかにある。


ただ、その部分はきれいに切り取られていた。

ハサミで裁断したような直線ではなく、

ぎこちない曲線。


そこだけ紙の地肌が見え、

透明のフィルムがわずかにめくれている。


「ママ、ここの人、消したでしょ」


男の子が言った。


母親の指が、写真の端を強く押さえた。


「そんなこと、するわけないでしょ」


「だって、前は四人だったもん。

 ここに、もう一人いたもん」


母親はアルバムを閉じかけて、

やめた。


それを見ていた周りの乗客の何人かが、

視線をそらす。


誰かの家庭の話に、

深く関わりたい人間はいない。


運転手がミラーを通して、

もう一度こちらを見た。


「落とし物は見つかったようですか?」


マイク越しの声は、淡々としていた。


母親はアルバムを胸に抱えたまま、

前方に向かって答えた。


「はい。すみません、お騒がせしました」


言葉だけはきれいに揃っていた。


男の子は、小さな声で繰り返す。


「ちがうのに」


バスは再び走り出した。


窓の外の街灯が流れていく。

写真の中の公園の光景と、

今の車窓の景色が、

どこかで重なって見えた。


俺は、自分の家のアルバムのことを思い出していた。


棚のいちばん下にしまわれたまま、

もう何年も開けていない一冊。


表紙の裏に、一枚分だけ日焼けの跡があった。

そこに何かが貼られていて、

剥がされたような跡。


そこが何枚目だったのか、

誰が写っていたのか、

思い出そうとすると、頭の奥がじわりと痛くなる。


三人家族のはずなのに、

ページの並びだけが、どうしても四人分あるように見えた。


男の子の「四人だった」という言葉が、

その記憶の隙間に入り込んでくる。


運転手が再びアナウンスを入れた。


「間もなく終点です。

 お降りの際、お忘れ物のないよう、ご注意ください」


写真は見つかった。

このバスの中では、もう「問題」はない。


それでも、

切り取られた側の何かだけが、どこかで余っているような気がした。

誤字脱字はお許しください。

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