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『破片のパズル』  作者: くろめがね


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15/28

第15話

15話です

ターミナルの朝は、やけに整っている。


人の流れは一方向。

案内板の文字は大きく、迷う余地がない。

コーヒーの香りと、清掃用洗剤の匂いが混じり合い、

「夜の出来事」を上書きする準備ができている。


夜行バスから降りた人間たちは、

それぞれの朝へ散っていく。


誰も、振り返らない。


俺も、振り返らなかった。

正確には、

振り返る理由がなくなっていた。


空席は、もう“空席”ではない。

忘れ物は回収され、

名札は封筒に入れられ、

運行上の異常は「確認ミス」として処理された。


手続きとしては、完璧だ。


それを確認するために、

俺はターミナル内の案内所に立ち寄った。


自分でも理由は分からない。

だが、夜行バス編の最後に、

「処理が終わった証拠」を自分の目で見たかった。


案内所のカウンターには、

制服を着た女性が一人座っている。


「すみません」

「はい」


声は明るく、朝向きだ。


「今着いた夜行バスで、

 忘れ物があったみたいなんですが……」


言いながら、

俺は自分が“関係者のふり”をしていることに気づく。


女性は端末を操作し、

淡々と答えた。


「はい。

 黒い小型バッグですね」


即答だった。


「すでに回収済みです。

 名札はありましたが、

 持ち主が特定できないため、

 規定どおり保管になります」


規定どおり。


その言葉は、

夜行バスの中で起きたすべてを一言で終わらせる。


「中身は……」


「水筒、ハンカチ、靴下、名札。

 危険物はありません」


危険物はない。

つまり、

問題はない。


「乗客の方からの問い合わせも、ありませんでした」


当然だろう。

誰のものでもなかったのだから。


女性は、

それ以上の説明をする気配もなく、

画面を閉じた。


「一定期間保管後、

 引き取りがなければ処分になります」


処分。


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥で、何かが「終わった」と感じた。


夜行バス編の事件は、

ここで正式に完結した。


名簿の数字が合わなかった件。

空席が残った件。

置き去りのバッグ。


すべて、

誰も悪くないまま、

何もなかったことにされた。


俺は礼を言い、

案内所を離れた。


改札へ向かう途中、

自販機の前で立ち止まる。


缶コーヒーを買い、

ベンチに座る。


朝の光の中で飲むコーヒーは、

夜の続きを切り離す味がした。


人の流れを眺めながら、

俺は昨夜の順番を思い出していた。


最初に、係員が「一人分多い」と言った。

次に、運転手が名簿を使わずに確認した。

最後に、忘れ物として処理された。


この三段階は、

偶然ではない。


余った一人分を、

「数」から外し、

「存在」から外し、

最後に「物」に落とす。


そうすれば、

誰も責任を取らずに済む。


俺は、

その仕組みをどこかで見たことがある。


家の中だ。


食卓の椅子。

靴箱の一段。

アルバムの抜けたページ。


最初は「足りない」と言う。

次に「勘違いだ」と言う。

最後に「最初からなかった」と言う。


やり方が、同じだ。


コーヒーを飲み干し、

立ち上がる。


ポケットに手を入れた瞬間、

指先に違和感があった。


透明な欠片。


取り出す。


薄い。

軽い。

角に、細いフィルム。


これまで拾った欠片と、

同じ種類だ。


だが、

今までより少しだけ大きい。


欠片の片面に、

何か書いてある。


文字ではない。

数字だ。


黒く塗りつぶされ、

その下から、

かろうじて浮かぶ形。


夜行バスの座席番号に、

似ている。


俺はそれを見つめ、

すぐにポケットへ戻した。


ここで考えてはいけない。

この場所で立ち止まってはいけない。


考えるのは、

家に帰ってからだ。


改札を抜ける。


人波に混じると、

夜行バスの出来事は、

完全に日常の裏へ沈んだ。


新聞を読む人。

電話をする人。

笑う人。


誰も、

一人分足りなかったことを知らない。


それでいい。

それが正しい。


そう思った瞬間、

自分がその「正しさ」を

当然のものとして受け入れていることに気づいた。


空席を、

空席のまま終わらせた。


忘れ物を、

持ち主不明のまま終わらせた。


名札を、

名前のないまま終わらせた。


俺は、

何もしていない。


何もしていないのに、

この結末に納得している。


それが、

一番、怖かった。


駅の外に出ると、

朝の光が強かった。


もう夜行バスは見えない。

次の便の準備が始まっているはずだ。


新しい名簿。

新しい席。

新しい数。


そこに、

また余りが出たとしても、

同じように処理されるだろう。


処理は、

誰の手にも残らない。


俺は歩き出した。


この章は終わった。

ちゃんと、終わった。


そう言い聞かせながら、

ポケットの中の欠片を、

握りしめていた。


それが、

次の章へ持ち越される

唯一の未処理物だと、

まだ気づかないふりをして。


誤字脱字はお許しください。

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