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『破片のパズル』  作者: くろめがね


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11/28

第11話 名簿にない席

11話です

夜行バスの車内は、発車前にもかかわらず、すでに夜の内部に入っていた。


照明は半分まで落とされ、読書灯だけが点々と浮かんでいる。

人の気配はあるが、声はほとんどない。

誰もが「移動する時間」に身を預ける準備を終え、

これから始まる数時間を、なるべく早く切り離そうとしている。


俺は窓側の席に座り、外を見ていた。

バスターミナルの白い灯りが、アスファルトを均一に照らしている。

同じ明るさ、同じ距離。

どこにも陰影はない。


係員が通路に入ってきた。

クリップボードを抱え、名簿を確認しながら、

一席ずつ声をかけていく。


「1A、確認しました」

「1B、ありがとうございます」


声の調子は変わらない。

人を人として確認するというより、

数を揃える作業に近い。


俺の列を通り過ぎ、

二列前に差しかかったところで、その声が止まった。


「……あれ?」


小さな声だったが、

静まり返った車内でははっきり聞こえた。


通路側の席が空いている。

誰も座っていない。

荷物も置かれていない。


係員は一度、座席番号を見上げ、

次に名簿に目を落とした。


指で行をなぞり、

もう一度、同じ番号を確認する。


「ここ……入ってますよね」


運転手が前方から振り返る。


「入ってます。

 途中乗車はありません」


係員は名簿をめくった。

次のページ、前のページ。

何度も同じ場所を確認している。


「……一人分、多いな」


その言い方は、困惑よりも事務的だった。

想定外ではあるが、異常ではない。

そんな口調。


車内の空気が、わずかに変わる。


誰も声を出さない。

だが、何人かが視線を動かし、

空席を一度だけ見る。


そこに「誰か」が来る可能性を、

誰も口にしない。


係員と運転手は短く言葉を交わし、

車外に出ていった。


ドアが閉まる。


外の音が遮断され、

車内には、処理されていない状態だけが残った。


名簿にはある。

席にはいない。


その事実だけが、宙に浮いている。


俺は、これまでの出来事を思い出していた。

バスの中で消えた写真。

タクシーに残った迎えのメモ。

どれも、存在していたはずのものが、

手続きの途中で行き場を失った。


名簿の数字は、

それを最初から「数」として扱っている。


五分ほどして、係員が戻ってきた。


「お待たせしました。

 こちらの確認ミスでした」


それだけだった。


詳しい説明はない。

訂正も見せない。


運転手が席に戻り、エンジンをかける。

低い振動が床から伝わる。


夜行バスは、何事もなかったように発車した。


空席は、そのままだった。


誰も案内されない。

誰も座らない。


それなのに、

誰も不安そうにしない。


それが、

一番おかしかった。


誤字脱字はお許しください。

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