白いビニール袋
夜の一時を少し回ったころだった。
コンビニの袋を片手に、ひと気のない道を歩いていた。住宅街の細い通りには街灯が等間隔に並び、黄色い光が路面を丸く照らしている。風はなく、虫の声さえしない。聞こえるのは自分の靴音と、遠くの犬の鳴き声だけだった。
そのとき、前方の街灯の下に白いビニール袋が落ちているのが目に入った。
ただのゴミに過ぎないはずなのに、不自然な存在感があった。袋の口がふわふわと開いたり閉じたりしていて、まるで呼吸しているように見えた。
胸の奥でざらりとした違和感が生まれる。足は自然と袋のほうへと近づいていった。
すぐに、鼻を突く匂いがした。
鉄のような、生ゴミのような、生臭い匂い。
袋の底からは赤黒い液体がにじみ出し、アスファルトにじわりと広がっている。
しかも袋はかすかに膨らんだり縮んだりしていて、何かが中でもぞもぞと動いているように思えた。
喉が乾き、足がすくんだ。これはただのゴミじゃない。そう頭で理解した瞬間――。
「それ、さっきは動いてたよ」
背後で声がした。
心臓が止まるかと思った。振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。三十代くらいに見える。どこにでもいるようなサラリーマン風だが、目の奥が異様に乾いていて、瞬き一つしない。
男は落ち着いた口調で言葉を続けた。
「中に入ってたの、猫だったんだよ。いや、魚だったかな。どっちだっけな」
「……え?」
「でもね、生きてたんだ。確かに。僕が入れたんだっけ……あれ、違ったか。昨日の僕が入れたんだよ」
意味がわからなかった。
男はにやりと笑い、声を潜めて告げた。
「昨日も見たよ、その袋。でも昨日って明日だったかもしれないな。――君、今日死ぬの?」
息が詰まり、喉が塞がる。袋の中で何かがずるりと動いた音がした気がして、耐えられなくなった。
「す、すみません」
思わずそう口走り、男を避けるように足早にその場を去った。
しばらく歩いたあと、恐怖よりも好奇心が勝った。今思えば後悔でしかない。あの袋は何だったのか。振り返ると、もう一度確かめたい衝動に駆られた。
勇気を振り絞って戻ってみると――袋は消えていた。
赤黒い染みだけが、乾きかけたように路面に残っている。男の姿もなかった。
ほっとした。だが、足早に帰路についた裏道の角を曲がったとき、そこでまた足が止まった。
袋があったのだ。
同じ形、同じ大きさ、同じように底から液体を漏らし、同じように膨らんでは縮んでいる。
その袋が今度は、はっきりと中身を蠢かせている。
ぞわりと肌が粟立った瞬間――。
「君、今日死ぬの?」
背後の塀の向こうから、さっきの男とまったく同じ声が響いた。
体中の毛穴が開き、呼吸が乱れた。振り返ることもできず、そのまま逃げるように家へ走った。
翌朝になってから警察へ通報した。半信半疑ながら数人の警官が同行してくれたが、現場には何もなかった。袋も、染みも。
ただ一人の警官が冷静にメモを取りながら、最後にこう告げた。
「奇妙ですね。あなたで四人目です、この話をしたのは」
その瞬間、背筋に氷を押し込まれたような感覚に襲われた。
他の三人は、いまどうしているのだろう。
やっぱりこういうのは引っ張られる力があるんでしょうか。
自分だったら近づかないとは思いますが、あっちから呼ばれてふらっとみたいなのは全然あると思いますね。