神鏡の間 評定
ここは神鏡の間
白い空間が、わずかに軋んだ。
床でも壁でもない。
鏡そのものが生き物ーーそんな感覚だった。
私たちはアイのガイドに従い円環にそれぞれ配置されていた。
互いの姿は見える。表情も、息遣いも分かる。
けれど、声だけが届かない。
喉を動かしても、音は震えず、白に吸われて消えた。
空間の中央に、仮面が立つ。
ーー鏡心
『最終評定を開始する』
感情を感じさせない、男でも女でもない、子供のような老人のような、そんな声色で続ける
『評定に先立ち改めて説明しておこう。
PROJECT G.E.A.R.は慈善事業などではない』
『若者に平等な機会を与えるものではあるが、それは厳格に、かつ冷静に行われる』
白い床に、細い光の線が走った。
『G.E.A.R.とは、社会に残す基準を選別する』
『才能、判断、倫理、協調、逸脱、犠牲ーー』
『極限環境下での行動を記録し、数値化し、再配置する』
鏡心の仮面が、わずかに傾く。
『生き残る者に未来は与えられ、その一方で、基準に満たぬ者は、記録されーー、処理されーー、再構築されーー、そして、社会に貢献させる』
……処理
その言葉が、私の胸の奥で鈍く鳴った。
光りに包まれながら消えていった燈ちゃんの顔を、私は未だ忘れられない。
『試験結果の評定をおこなう。処理基準値10を下回った者は禊対象となる』
空中に、光の文字と数字が浮かび上がる。
柊紅華 :27
葛城澪 :19
南雲こはる:15
橘葵 :14
柴崎燈 :12
相馬雷蔵 :12
柊さんは、数値だけが残っている。だが、この場に彼女の姿はない。
鏡心が告げる。
『柊紅華ーー
当該個体は規約外侵入および資格偽装が確認されたため、評価対象から除外』
柊さんの名前と点数が音もなく砕けて光の粒となって消える
『これまでの観測結果に基づき、候補者の採点を続ける』
鏡心の声が響き渡る
『相馬雷蔵。ヴォルテール級脅威の二度の撃退』
雷蔵君の採点が15になる
『崩落試験場における候補生救出、禊処理後候補生の誘導成功』
更に数値がゆっくりと上昇する。
『評価点 18』
雷蔵君はじっと空中に表示される文字を見つめていた。
『柴崎燈。
禊による精神崩壊後の再定義失敗』
橙ちゃんの評価点が下がり、10になってしまう。
文字が赤く表示され、緊張が走る。
一拍おいて、鏡心は続ける
『不完全再構築状態での戦闘継続。
敵性幻惑領域における突破行動』
『ーー加点』
燈ちゃんの数字が揺れ、15で止まる。文字は元の白色になり、私は胸を撫で下ろす。
『橘葵。
規約逸脱行為ーー索引コピー』
葵君の点数が9まで下がり、赤い文字がゆらゆらと揺らめく。
ーーお願い…
私は思わず胸の前で拳を握る
『ただし、非致死選択および集団生存率の向上を確認、評価に値する』
葵君の数字は静かに11へと更新され、まるで血が水に滲むように、文字が赤から白にゆっくりと変化していく
『南雲こはる』
『場の安定化、拍の維持』
加点される
『混乱発生率の低減』
『戦闘補助および全体生存率への寄与』
こはるの文字の光が、柔らかく伸び19で止まる。
こはるの方を見るが、こはるは俯いたままで、ふわふわの髪で隠されたその表情を、こちらから伺うことはできない。
『葛城澪』
その名を呼ばれた瞬間、右掌が微かに熱を帯びた。
『複数回の逸脱行為。
索引コピー。
Manual I/Oによる権限越境。
ARcherの不安定化ーー』
激しく数字が変化し、真っ赤な文字で0の数値が表示される
処理ーー
背筋に冷たいものが走る。自分だけが世界から引き剥がされる。存在が消える。
そう思った。
鏡心の声が、わずかに低くなる。
『殲滅試験における非致死選択。
Seed回収阻止。
複数候補生の生存確保。
最終審査条件の成立に寄与ーー』
ぐるぐると文字が変化し
ーー26
床が、はっきりと震えた。
白い光が収束し、最終順位が確定する。
葛城澪 :26
南雲こはる:19
相馬雷蔵 :18
柴崎燈 :15
橘葵 :11
数字を見つめながら、誰も動けない。
雷蔵君がこちらを見る。
口が動くが、音は届かない。
燈ちゃんは苦笑し、こはるは小さく息を呑み、
葵君は一度だけ目を閉じた。
鏡心が、淡々と告げる。
『以上が、現時点での評価となる』
『これより、最終裁定を行う』
白い床の中央に、細い境界線が走る。
私たちを、静かに分断する線。
『裁定は、下位から実施する』
葵君の足元の光が、ひときわ強く灯った。
『裁定は個別に行われ、他者の介入は不可』
一拍。
『結果いかんにより、その後の処遇が決定され、いかなる場合においてもその結果が覆ることは、無い』
胸の奥が、きしんだ。
この結末が、最後。
『橘葵ーー
裁定を開始する』
床が沈み、葵君の姿が白に飲まれていく
こちらを見る彼の瞳には、迷いは一切見られなかった。
音はない。
それでも、その瞳だけで十分だった。
ーー最後の裁定が、始まる




