抗い
轟音と共に雷が落ちた。
床を叩く衝撃ではない。
空間そのものが、圧で沈む。
「ーーっ!」
柊さんの足元が跳ね、体勢が一瞬浮いた。
その隙を、ヴォルテールは逃さない。
「遅ぇ!」
鉄槌が振り下ろされ、体勢が崩れた状態で鉄扇で受ける。
火花と血を散らしながら柊さんが後退る。
舞の間を保とうとするが、雷がそれを許さない。
「舞だぁ?そんな細けぇ理屈、力の前じゃーー」
ヴォルテールが踏み込む。
床が砕け、衝撃が足から脊髄を揺らす。
柊さんは扇を交差させ、衝撃を受け流そうとした。
だがーー
「ーーそこ」
死鎌が横から入る。
クロエ01の刃には、躊躇がない。
軌道が読めない。速さでも、力でもない。
愉しんでいる動き。
柊さんの肩口を、紫黒の刃がかすめた。
血が散る。
「くっ……!」
「いいねぇ、その顔!濡れちゃう!」
クロエ01が笑う。
鎌を回し、柄を捻る。
金属音が響く。
鎌が分かれ、鎖が垂れる。
「一人で二人、相手するのは大変でしょ?」
「でもさーー」
鎖が跳ね、大小二振りの鎌が、同時に襲いかかる。
「獲物をいたぶるのって、最高に愉しいんだよねぇ♡!」
柊さんは後ろへ跳ぶ。だが、退路はない。
雷が落ち、鎖が絡み、舞のリズムが崩されていく。
「……っ、間がっ……!」
扇で弾く。
斬る。
かわす。
だが、追いつかない。
雷は面で押し、鎌は点で削ってくる。
「柊さんっ!!」
私達は作す術なく見守るしか無かった。
「どうした、どうしたぁ!」
ヴォルテールが笑う。
「さっきまでのキレはどこ行ったぁ?」
柊さんが、息を吐いた。
短く、深く。
(ーー落ち着け)
舞は、乱れれば終わる。
だが、ここは舞台ではない。
殺し合いだ。
「……妾は」
扇を構え直す。
「舞を、捨てぬ」
両の扇から炎が立ち上る。
ーー焔葬・彼岸廻り
焔を纏った銀独楽がヴォルテールを襲う。
ガガガガガッ…!
炎と火花が激しく辺りに飛び散る。
「うおおおおぉぉっ!!」
ガキィッン!!
柊さんの渾身の蹴りによりヴォルテールの巨体が地から浮く。
「あっはぁ!すっごいじゃん!」
ヴォルテールの影からクロエ01が鎌を回転させながら現れる。
ーー曼珠巡華
炎の螺旋がクロエ01を襲う。
「おぉっ?」
クロエ01が楽しそうに声を上げた、その瞬間。
紅華の扇が、鎖を叩いた。
再び激しく散る火花。
鎖が弾かれ、鎌の軌道が一瞬逸れる。
だがーー
「甘ぇ!」
雷が間合いを潰す。体勢を立て直したヴォルテールの拳が、柊さんの腹を直撃した。
鈍い音が響く。
肺から空気が抜ける音と共に、こもったうめき声と鮮血が柊さんの口から漏れる。
「ぐーーーぶぅっ……!」
床に朱の染みを作りながら膝をついた。私は、鉄柵越しに叫ぶ。
「柊さんっ!!」
届かない。音は遮られ、視線だけが繋がる。
彼女はこちらを見ず、扇を支えに立ち上がる。
「フンッ……まだじゃ」
ブッと血を吐き棄て、それでも、笑う。
「妾は、ここで終わらぬ」
クロエ01が、首を傾げる。
「えー?もう結構ボロボロだけど?」
歪な笑みを浮かべながら、鎌を振りかぶる。
「じゃあさーー」
刃が、どす黒く鈍い輝きを放つ。
「どこまで持つか、見せてよ♪」
雷が唸り、死鎌が鳴り、紅の舞は完全に包囲されていた。
鉄柵の向こうで繰り広げられる死闘に何も出来ない歯がゆさに、私は拳を握りしめる。
(……こんなの、裁定でも、試験でもない……)
それでも柊さんは、立っていた。倒れない。退かない。
ーーただ、舞い続ける。
ーーーーーーーーーー
雷が、再び落ちた。
柊さんの足元が沈み、床に細かな亀裂が走る。
ヴォルテールの一歩一歩が、圧そのものだった。
「へぁっ!重いだろう……?」
ニヤリと笑いながら言う。
柊さんは低く何かを呟き、扇を左右に開く。
次の瞬間、雷の拳が正面から叩き込まれた。
真正面で受けない。
半身でいなし、鉄扇が雷圧を滑らせ、その反動が円を描いて横へ流れる。
流れた力が、別の刃を呼び込む。
「ーーっ!」
クロエ01の死鎌が、雷の余波に引き寄せられるように軌道を乱した。
柊さんはその縫い目を見逃さない。
そのまま扇が鎖の付け根を叩き、死鎌の連携が一拍、遅れた。
「うわ、やっば」
クロエ01が体制を崩しながら笑う。
「今の、好きかもぉ」
だが、その後からヴォルテールが間髪入れずに反撃をおこなう
「止まるんじゃねーよ」
ヴォルテールが右足を大きく踏み込む。
足を下ろしただけで、周りの空気が砕けた。
柊さんの身体が浮き、受け身を取る前に雷が落ちる。
「くっ……!」
柊さんは呼吸を、自分の拍を落とし、消す。
敵の流れに乗らない体捌きにより、雷の拳が紙一重で空を切る。
その内側へ、柊さんはするりと踏み込んだ。
「…ッ!!」
ヴォルテールの表情が強張る。
「甘いよぉ」
背後からクロエ01の声。
そして鎌が分かれる。
柄が捻れ、鎖が鳴り、大小二振りの刃が同時に舞った。
分断刈り。
柊さんの退路と踏み込み先の両方に刃が襲う。
「……っ!」
柊さんは無理矢理前に出た様に見えた。
しかしクロエ01の振りを半拍遅れでなぞり、同じ軌道で刃を叩き落とす。
火花が散る。
「おお……!!」
クロエ01の目が、爛々と光る。
「その返し、最高じゃん……!」
だが、その瞬間を、ヴォルテールは待っていた。
柊さんの技の終わり際に雷が面で迫る。
避け場がない。
柊さんは、歯を食いしばり更に舞を続ける。
足運びと扇の軌道で、自分を中心に円を刻む。
雷が円周で削がれ、死鎌が弾かれる。
「ーーっ、まだ動けるのかっ!!」
ヴォルテールが唸る。
だが、柊さんの額には大きな脂汗が浮かび、その息は荒い。
連続で大技を繰り出し続けた代償が、確実に身体を蝕んでいる。
血が、口元を伝った。
「……まだじゃ」
それでも柊さんは立つ。
その姿を見て、クロエ01が楽しそうに舌舐めずりをする。
「ねぇねえぇ、ねぇねぇ、次、どんなのを見せてくれるの?」
雷が唸り、死鎌が円を描く。
雷神と死神による完全包囲。絶体絶命。
柊さんは、扇をゆっくりと閉じる。小さく静かに、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。
「……終之型・舞返し」
敵の踏み込み、殺気、雷圧、刃の軌道。
すべてを己の“舞”として取り込む。
その流れるような動きに、柊さんの身体がふっと軽くなった様な錯覚を受ける。
一歩。
二歩。
雷の内側を抜け、死鎌の影を踏み越え、二人の間を舞う。
刃が、雷が、彼女自身の動きに引きずられて歪んで見える。
「……っ!」
ヴォルテールが初めて、バランスを崩した。
「え、なにそれ……!」
クロエ01が焦りの混じった声を上げる。
「これなら…!」
2人を圧倒するその動きに、私の口からも希望の声が漏れる。
しかしーー
彼女の動きは常軌を逸していた。
あまりにも無理をし過ぎていた。
そして、その無理は長くは続かなかった。
「グゥ…ッ!」
柊さんの足が止まる。膝が折れる。
「……っ、が……!」
その隙を逃さず、勢いを取り戻した雷の拳が、柊さんを打ち抜いた。
「柊さんっ!!」
私の虚しい叫びが響く中、彼女は床を転がり、扇が弾かれ飛び散る。
そのままの勢いで壁に打ち付けられ、ぐったりと横たわる柊さんに、クロエ01がゆっくり近づいて行く。
「惜しかったねぇ……♪」
鎌を振り上げる。
「でも、ここまで」
血と煤で汚れた柊さんの髪を掴み、顔を持ち上げ右足で蹴り上げる。
「…ガハッ!」
柊さんの口と鼻から大量の血が流れ出す。既に柊さんの意識は殆ど無い。
首元に死鎌の刃を当てる。
「やめて!!」
私の悲鳴が虚しく響くが、クロエ01は全くこちらには反応しない。
「あーあ、せっかく楽しい玩具だと思ったのに、ここまでかぁ。」
歪な笑みを浮かべたまま、鎌を握る手に力が入る。
「バイバイ」
黒い切先が鈍い光をギラリと反射した、その瞬間ーー
「…おい、命令は殺しじゃねぇ、退場だ」
ヴォルテールがクロエ01の腕を掴み、制止する。
「あ゙あ゙ん?!」
クロエ01が目を血走らせてヴォルテールを睨む
「壊れた玩具を処分してやるだけだろーがよっ!」
腕を掴まれたまま、クロエ01がヴォルテールに凄む。
しかしヴォルテールは臆せず繰り返す。
「退場、だ」
ッチ!と舌打ちをしたあと、クロエ01はヴォルテールの腕を振り払い踵を返す。
シュウシュウと電撃による焦げ跡から立ち上る煙と、クロエ01の足音だけが白い空間に木霊していた。
ーーーあとがき解説ーーー
柊流暗技解説 多方型(複数の敵に対して使用する型)
柊はこれらの技を絶え間なく使用し、ヴォルテールとクロエ01と互角以上に戦っていました。
■一之型【八重返し】
攻撃を単に受け流すのではなく、一度受け流した力を別方向へ返す多方向反射技。
一方からの攻撃を扇で逸らし、その反動を利用し、他方へ斬撃を加える。攻撃を止めないため、数的不利でも間が切れない。扇で受け流すことにより、単純な斬撃のみならず、重打にも有効。しかも鉄扇であることが幸いし、ヴォルテールの電撃にも一定の効果が得られていた。
■二之型【縫い裂き】
敵同士の攻撃導線の縫い目だけを切る技。
本体を狙わず「次の一撃が出る瞬間」だけを破壊することで複数敵の連携を寸断する
■ 三之型【無拍】
自らの呼吸・足運びを極限まで落とし、敵のリズムに乗らない状態を作ることで敵のコンビネーションを空振りさせる。
幻惑や撹乱など、流れを前提とした攻撃への返しに有効。その代償として体力消耗が激しい。
複数敵の連携そのものを防ぐことを目的とする技
■ 四之型【返歌】
敵の攻撃に対し、同じ動作を半拍遅れで重ね、敵の一撃が終わる前に、同型の斬撃を差し込む。
連携している相手であるほど有効で、カウンターとなるため特に力量差がある相手に有効。
■ 五之型【影舞・裂円】
足運びと扇の軌道で、自分を中心に円状の絶対領域を作る。
攻撃技ではなく、自分と相手との位置を制圧するための技で数的包囲を強引に解除できる。
気力消費が激しいため長時間は使えない。完全包囲時の切り返し用にも利用できる。
■ 終之型【舞返し】
敵の攻撃動作・殺気・踏み込みをそのまま舞として取り込む。
敵が多いほど威力と効果が上がる。絶大な威力を持つが、体力と気力共に消費が激しく、使用後にはほぼ立てない。
二人以上の複数人を同時に相手取るための最終手段であり、良くも悪くもこの技を使えば勝負が決する




