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連帯責任

白い鏡が低く鳴った。冷たい札が浮かぶ。


『審理事項:相馬雷蔵/南雲こはる。裏口侵入。

規約上の標準処分:失格→禊』


胸がきゅっと縮む。

雷蔵くんがグッと眉をひそめ、一歩前へ出ようとする。

こはるが慌てて袖を掴む。


「わ、わたしが……言ったから。悪いのは、わたし……」


「違う、俺や。裏口回ったがは俺の判断やき。禊なら俺だけでええ」


仮面の声は揺れない。


『侵入はチームの連携行為として記録されている。個別への分離は不可。弁明があるなら述べよ』


言質が悪い。

二人だけを切り離して済ませる道が最初から潰されているのだ。


喉が乾く。


「弁明の前に、その他にも事実が有るはずだ。記録を全て提示してくれ」


葵君が前に出る。

端末に青い札が三枚、連続して灯る。


〈撃退ログ:Voltaire/二度/非致死抑止〉

〈再構築候補生 誘導:出口到達/二十七名〉

〈崩落試験場:救出ログ/葛城澪群〉


「裏口からの侵入は規約違反なのかも知れない。

でも、その二人の行為が被害最小化に寄与している」


葵くんの声に鏡心が問いかける


『寄与とは?』


葵君の目が眼鏡の奥で薄く光を放つ


「ヴォルテールの侵攻を二度、帯ロックと寸止めで退け、禊直後で錯乱していた候補生たちへの被害を抑制」


とうとうと続ける


「その後、候補生群を安全に出口まで誘導

さらに、崩落中の試験場から僕たち自身の救出に関与。ログはIndex Ledgerへミラー済みだ」


鏡がわずかに脈動する。

が、仮面は冷ややかだ。


『結果は認める。だが、過程は違反。

裏口条項は体制リスク—統制を崩す端緒。

情状は加点候補に過ぎず、禊要件は満たしている』


「…っ!」


葵君が言葉に詰まる。

そこで柊さんが扇を鳴らした。


「鏡心とやらよ、罪は罪、功は功。

じゃがの、非致死で押し切った働きは基準に値するであろう。」


トントンと扇を手の上で軽く叩き、その後鏡面を指す。


「規範に穴を開けるのは悪、されど、人を死なせぬ穴もある」


その後にクロエちゃんが静かに続ける。


「二人がいなければ、私達だけでは崩れてた。群衆は音で壊れる。彼らは崩れを止めた」


燈ちゃんが肩で笑う。


「ルールってのは生かすためにある。死なせないために越えたら、運用で戻せばいい。それが現場だろ?」


仮面は暫し沈黙したあと冷たい声色で告げる


『……運用論は採用可能とする』


私達の間にふっと喜びの色が浮かぶ


『ただし対価が要る』


雷蔵くんが一歩踏み出す。


「対価なら、俺が払う。この右腕、もうほとんど使えん。禊、俺だけにくれ」


こはるが首を振る。


「だめ。わたしが合図した。わたしの拍でーー」


私は二人の間に入った。


「待って。切り離しは駄目。連携行為として記録されてる。なら、連携で払うべき」


仮面が一拍置いて告げる。


『こちらからの提案は、連帯裁定(共同責任プロトコル)』


鏡面に条件札が並ぶ。


〈提示条件〉

・候補生全員に初期負荷+15%(審判補正の逆転適用)

・常時監視タグ付与(逸脱アラート即審理)

・相馬雷蔵/南雲こはるの禊⋯保留

・追加試験を課す。合格で免除/不合格で二名のみ禊執行

・違反再発時は連帯処置(チーム資格一括停止)


『受諾するなら、合奏署名を。責は、分かち合われる』


ーー重い。


全員を巻き込む。

私が口を開くより先に、雷蔵くんが低く唸った。


「……おい、ほんまに全員背負わすがか。俺とこはるだけでええやろが」


「それじゃ意味がない」


葵くんが遮る。


「裏口は二人だけの衝動じゃない。僕ら全員がそのルートを選んだ。ログはそう出てる」


燈ちゃんがあごをしゃくる。


「怖い奴は降りろよ、って言うつもりだったけど……誰も降りねぇだろ?」


こはるがそれに小さく笑った。

震えてるのに、瞳は揺れていない。


柊さんが扇で“間”を置く。


「澪、薄情であれば楽じゃ。

ここで二人を切れば、連座は避けられるやも知れん。

ーーそれでも、連帯を取るかぇ?」


私は右掌を見た。

油に染みて固くなった掌。

致死の手前、赤の手前で止めろ。

返しを読め。


返しはーー今だ。


「取る」


私は鏡の縁へ掌を置いた。


「葛城澪、受諾するわ。致死前で止める運用を、全員で守る。二人の禊は保留、追加試験で取り戻す」


燈ちゃんが拳で鏡辺をコツンと叩く。


「柴崎燈、受諾。ブレーキは私がやる。飛ばす前に止める」


葵君が眼鏡を押し上げる。


「橘葵、受諾だ。記録・同期・退避タグは僕が管理する。三呼吸で戻す」


柊さんが扇を畳む。


「柊紅華、受諾じゃ。焦りに間を、憤りに息を」


クロエちゃんが翡翠の瞳を細める。


「クロエ03、受諾する。Seedの逆位相で乱れを揺り戻すわ」


雷蔵くんが、長く息を吐いた。


「……ったく、どうしょうもないな、おまんらは。相馬雷蔵、もちろん受諾じゃい!

押すべきは腰、砕くんやない。責任は全員で取る!」


こはるが小さく頷く。


「南雲こはる、受諾します。拍はわたしが置く。乱れたら戻す音を入れる」


鏡面に印が重なる。


〈POLYPHONIC SEAL:受領〉

〈共同責任プロトコル:成立〉

〈初期負荷:+15% 適用〉

〈監視タグ:ON〉

〈禊(相馬雷蔵/南雲こはる):保留〉

〈追加試験:設定中〉


ズンーー

その瞬間、身体に重さが落ちた。


関節の中に鉛が流し込まれたみたいに、膝が沈む。

肺が浅くなる。

背中が自然に前へ折れる。


「おっ、重っ……!」


燈ちゃんの息が荒くなる。


「これは……負荷枷の全体版だ」


葵くんが歯を食いしばった。


「動ける、けど雑になる。そこを運用で補うんだ」


「ほならーー拍や」


雷蔵くんが苦笑する。


「こはる、頼む」


こはるは震えた指で空気を撫で、小さなテンポを置いた。


「……いち、に、止め。いち、に、止め」


その二拍が、不思議なくらい効いた。

浅くなっていた呼吸がそろい、重心が下がる。私は右掌を鏡から離し、斧槍の石突を床に置いた。


仮面の声が戻る。


『裁定——連帯を承認。二名の禊は保留。

以降、追加試験にて救済の可否を判定する。

主旨:違反は運用で償えるか。手段:非致死・識別・護送の実演。詳細は次区画で告知』


雷蔵君が小さく私の肩を叩く。


「……澪ちゃんよ。巻き込んで、悪い」


「巻き込んだのは私だよ」


私は笑って首を振る。


「連帯って、そういうことでしょ」


燈ちゃんがいつもの悪い笑いを浮かべる。


「追試は慣れっこ、上等だぜ。

殴らずに勝つってやつ、見せてやろうぜ」


葵くんが端末を閉じた。


「ルールが出たら分解する。退避タグ、全員に再配布するから受け取って」


こはるが頷く。


「音は、わたしが責任もつ」


仮面が最後に静かに告げた。


『……連帯の宣言、確かに受理した。次区画ーー追加試験へ』


白い鏡が左右に開き、新しい回廊が口を開ける。

重い。けれど、拍がある。

私は右掌を握り直し、一歩を踏み出した。

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