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裁定 柴崎燈 橘葵

白い鏡が二枚、並んで開いた。


「これは…」


左に燈ちゃん、右に葵君の姿が映し出されている。

それぞれの背後に、細いログの雨が降っている。


『審理対象:柴崎 燈/橘 葵 記録開示』


鏡心の声とともに、鏡面に無機質な文字が灯っていく。


〈柴崎 燈:不完全復元/SOUL-MASS 0.83〉

〈欠損:情動紐帯/疼痛閾値/危険回避回路〉

〈行動傾向:先行突入/自己犠牲>自己保存〉


〈橘 葵:不完全復元/SOUL-MASS 0.88〉

〈欠損:短期記憶整合/触覚‐視覚同期/反応遅延(0.5–1.0sec)〉

〈行動傾向:合理主義/自己抑制>自己表明〉


喉の奥がきゅっと鳴る。

ふたりの「欠け」は、ここに来るまで何度も私を助け、同時に何度も彼ら自身を危うくした。


『問う。ーー保存か、消去か。

保存を選ぶなら、基準として公開し、運用を示せ』


鏡心の言葉に、燈ちゃんが先に一歩踏み出した。

旋棍(トンファー)を下げ、顎だけ上げる。


「保存。ーー、私は欠けてる。痛みが薄い、怖さが遅い。だから突っ込む。」


ぎゅっと拳を握る。


「けど、それでも殴り殺しはしない。寸止めで止める。腰だけ押さえて、回転を殺す。…それを基準にしろ」


鏡に燈ちゃんの戦闘ログが重なる。

こめかみ・喉・頸の致命傷ラインを外し、帯の角で止める映像。

彼女はそこで続けた。


「運用は、ひとつ、こはるの止まり拍で必ずブレーキを挟む。」


ハッキリとした口調で告げる


「ふたつ、葵の退避タグが飛んだら、三呼吸で後退。」


一呼吸置いてから、更に続ける。


「みっつ、私の打突は赤の手前まで。致死域に入る前に抜く。」


握り拳を鏡に向かってかざす


「守れなきゃ、私が自分を罰する。拳は封印、素手で帯だけ押さえる。……それでいい」


「バカ澪」っていつも私に言う口調で、最後だけ笑う。

胸が熱くなった。痛みが薄いのに、彼女は痛みを選んで線を引く。


次に、葵君が眼鏡を押し上げる。

声は乾いているけど、震えていない。


「保存だ。僕は欠けたままで運用する。

短期記憶の穴は即時ログで埋める。」


手に持っていた携帯端末を開く


「作戦中は音声ノートを回し、五呼吸ごとに要点を書き出す。

触覚と視覚の同期ズレは、手首のハプティクスメトロノームで補う。南雲さんの拍に合わせて震えを送る」


こはを一瞥したあと向き直り続ける


「反応遅延は事前合図で縮める。柴崎さんの合図は肩の二点タップ、相馬くんは左から押す圧、葛城さんは右掌の押し」


真っすぐ前を向いたまま宣言する


「僕は遅れることを公開し、その上で同期する」


鏡に、細かい運用タグが重なる。


〈拍=こはる/3拍→2拍戻し〉

〈退避タグ=青〉

〈帯ロック=橙〉

〈寸止め閾=赤−1〉

〈ハプティクスメトロノーム=同期〉

〈肩2tap=刺突予告〉

〈押圧=退避誘導〉


柊さんが扇を鳴らす。


「審判よ、これが用法じゃ。欠けは隠さぬ。使い方で補う」


雷蔵君が笑う。


「反応遅れ分は、俺が押して稼ぐ。それが役割やき」


こはるが静かに頷く。


「拍はわたしが置く。乱れたら戻す音を必ず入れる」


クロエちゃんの翡翠が細くなる。


「Seedの逆位相は薄く敷いておく。暴れだしそうなら、揺り戻す」


私は右掌を鏡面に添えた。


「Manual I/Oは私が持つ。一拍の遅延を差し込む鍵はここにある。……ふたりの“赤”を、手前で止める」


仮面の声が、淡々とまとめる。


『審理結果——保存:承認。

条件付き公開:承認。』


言葉と共に鏡に結果が映し出される。


運用規範:

・寸止め(赤手前)運用/帯ロック優先

・止まり拍/退避タグ/押圧誘導の常時使用

・即時ログ/ハプティック同期の義務化

 補正:審判補正+10%(非致死遵守)/常時監視タグ付与』


鏡面に、ふたりの新しい行が刻まれていく。


〈柴崎 燈:保存/公開タグ(非致死・帯ロック・寸止め)〉

〈運用:止まり拍/退避タグ/自己制裁プロトコル〉


〈橘 葵:保存/公開タグ(即時ログ・ハプティック同期・事前合図)〉

〈運用:五呼吸記録/肩2tap合図/押圧誘導〉


『両名の欠けは、基準化して他候補生の運用に展開可能。“欠けを隠さず、合奏で補う”を人類基準として記録する』


燈ちゃんが私の肩を小突く。


「聞いたな、澪。赤の手前で止める。お前が鍵、私がブレーキ」


葵君が小さく笑う。


「記録は僕が残す。欠けたままでも、運用で前に進める」


私はうなずいた。

欠けたふたりを、ここまで連れてきたのは例外じゃない。

基準にする覚悟だ。

鏡の奥で、承認の光が一度だけ脈打った。

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