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最終選考 殲滅試験3

クロエ01が大小の鎌を両手に構える。

紫黒の刃が光を吸い、黒い輝きが走る。

円の半径が二つになり、死角が消える。


私は斧槍を立て直し、右掌で石突を押す。

掌の奥が、わずかに熱を上げた。


「澪、鎖の遊びに乗るな。返しは妾が断つ」


柊さんが横へ滑り、鉄扇を立てる。


「鎖の節で打点が増えてる。音で拾うわ」


クロエちゃんが低く告げ、銀扇をわずかに傾けた。


01の二枚刃が交差する。

長い方で私の刃を弾き、短い方で薙ぎ払う。


柊さんの鉄扇が薙ぎの根元を叩き、私は斧槍の柄で角度だけを落とす。

クロエちゃんはダガーで鎖の節を撫で、振り戻しのタイミングを半拍ずらす。


激しい火花が散るが、刃は01に届かない。


決まらない。

二対一でも足りなかった相手だが、今は三対一でもなお、足りない。


葵君の声が飛び込む。


「柴崎さん、いま。胸骨じゃなく、帯を押す!」


「押す。割らない」


燈ちゃんの呼吸が葵君の指示に合う。


視線の端で、ネリスの影がうねった。

燈ちゃんは旋棍(トンファー)を肩口に沿わせ、懐へ飛び込んでいる。

ネリスは近距離で繰り出される打撃を捌くのに必死だ。


押しているように見えた。


だが、床の響きがーーおかしい。

ネリスの周囲だけ、音が戻ってくる。

壁に当たって返るのではない。

空間そのものが反響して、燈ちゃんの踏み込みを別の位置に置き換えていた。


「精神干渉されてる……!?」


葵君が舌打ちする。


「自分の像を相手にしてる。柴崎さん、それは幻影だ!」


「はぁ?何だったんだ!」


燈は足を止め、旋棍を横に寝かせて空間を撫でる。

実体のない手応えが、手首に薄く乗る。


「ノイズ撃ち込むよ!三拍で!」


こはるがランチャーの鼓室を回し、帯域ノイズ弾を床へ撃ち込んだ。


ヴーンと言う低い唸りが縫い目を走り、反響の輪郭が崩れる。

ネリスの黒衣がほんの一瞬だけ遅れた。


「相馬君、外から押すんだ!」


葵君の指示に雷蔵くんが応える。


「任せぇ!」


パワーアームで壁を作り、ネリスの回避線を外に押し流す。


燈ちゃんはその圧に合わせ、旋棍で帯を押し、膝で支点を作って止める。

刃は出さない。赤の手前で、固定。


ネリスの笑いが、少しだけ揺れた。


「綺麗ね。怖いのに止まるの、好き」


こちらも、止め切るしかない。


01の二枚刃が、今度は鎖を振り子にして突き上げてくる。

短鎌が上、長鎌が下。

私は斧槍の柄で上を押し上げ、刃で下を受ける。

柊さんの扇が返しに先回りして骨の角を当て、クロエちゃんの銀扇が鎖の節だけを叩く。


小さく、一拍が生まれた。


「今、横!」


鋭いクロエちゃんの声が飛ぶ。


私は斧槍を横薙ぎに振る。

私たちの目的は制圧、電磁刃は点火していない。

熱だけを乗せ、重さで押す。


刃先が、01の胴にめり込んだーー感触があった。


「ぐぅ…ふぅ…」


01の口から息が漏れる。

決まった。そう思った瞬間、胴に口が開いていた。


裂け目ではない。

獣の口だ。

牙が生え、黒い舌がのたうち、私の斧槍を咥えていた。


「…なっ…?!」


柄に噛み圧が乗り、刃が抜けない。


「あっはぁ!深い…深いよぉ…!」


01は笑いながら私を引き寄せ、短鎌を肩越しに振り下ろす。


「澪!」


柊さんの扇が短鎌の背をはたき、私は斧槍を手放し、腰を落として躱す。

刃は頸を逸れ、肩の上を流れた。


クロエちゃんが一歩踏み込み、銀扇とダガーを喉前に立てる。


「離して!」


01は短鎌で弾くと後ろに下がる。


「…ハァ…ハァ…」


01は吐息を漏らしながら斧槍をズルズルと引き抜いていく。


「…あぁん…ッはぁ…!」


涎でベトベトになった斧槍を舌で舐める。

頬を上気させ、ニヤァと笑う。


「良いじゃん…キモチ良いよぉ…」


斧槍を転がし、足先で蹴ってこちらに寄越す。


「さぁ、もっとヤろうよ」


01の妖しい笑みに柊さんが歯噛みをする。


「妾の腕が喰われたのも、あれかっ…!」


01の胴の口が増える。

鎖骨の下、肋骨の隙間、背の布の破れーーどの部分でも口が現れ、わずかにモゴモゴと噛み続ける。


私は右掌を鏡の縁に置く。

掌の奥で、鍵が脈打つ。


床の“呼吸”が変わり、01の足下だけが浅くなる。

短鎌の返しが半拍遅れる。


その半拍で、柊さんが扇を差し込み、クロエちゃんが鎖の節をダガーで穿つ。

その隙に私は斧槍を拾い上げる。


「……いま、何したの」


両鎌を構え直しながら、01の左右の瞳が同時に細まる。


「押しただけ」


私は息を吐く。


「壊さないために」


01は首を傾げ、口元に笑みを戻した。


「いいね。もっと押して。全部、口にできるから」


腹部に、胸に、肩に、獰猛な口が次々開く。

鎖の短鎌が絡め取り、長鎌が薙ぎ払う。

こちらは受け、止め、外へ逃がす。

決定打は生まれない。

ーーだけど、決定打は要らないはずだ。

ここで問われているのは抑止だ、と自分に言い聞かせる。


------


葵君の声がする。


「ネリスは、反響落ちだ。柴崎さん、帯で固定して、相馬くんは押して、南雲さんノイズ弾を。三、二、今!」


燈ちゃんの旋棍が帯を締め、ネリスの肩が止まる。

雷蔵君のパワーアームが肩口を押し、逃げ線を外に流す。


こはるのノイズが反響をさらに崩す。

ネリスは笑いを一音落として、後ろに滑るしかない。


こちらも、同じ呼吸を続ける。

柊さんの扇が間を刻み、クロエちゃんが節を叩き、私は右掌で鏡を押して半拍を作る。


01は二枚の刃といくつもの口で形を歪め、なお笑っている。


「イィツヒィ!愉しいねぇ!」


終わらせない。

終わらせずに、止め続ける。


斧槍の重みを掌で受け、私は息を合わせた。


(赤の手前で、緩める。みんなの拍に、合わせる)


最終審査の熱はさらに増していた。

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