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最終選考 殲滅試験

『最終選考到達おめでとうございます』


アイの柔和な声が私たちを迎える。

白い鏡の壁が円環を描いて立ち上がり、天井の光が息を潜めた。


『こちらは最終審査前、最後の緩衝域となります』


足元に、黒いラインが二本、静かに沈み込んだ。

ぴたりと止まると、床の縁が開いて、金属ラックがせり上がる。


『G.E.A.R.補機部門の貸与装備と補給材になります。おひとり様2点までお持ち頂けます』


棚にはずらりと銃火器や刃物、鈍器、投擲具など、およそありとあらゆる武器が並んでいる。


「これは…最終審査はガッツリ系なんやな!」


雷蔵君の言葉に、誰も笑う余裕は無かった。


『貸与装備の個別校正については右上の端末で調整可能です』

『試験終了時にご返却頂きますが、消耗品や破損は減点対象外となりますので、ご安心してご使用ください』


アイの場違いとも言える穏やかな口調に、逆に底冷えするような恐怖を感じる。


「用意周到だねぇ……人を試すための装備まで、完璧かよ」


燈ちゃんが笑って肩を回す。


雷蔵君の右腕は未だ完全じゃない。

ラックの一番手前に、パワーアームが載っていた。鈍い灰色の外骨格。

右手甲から肘にかけてのブレースと、腱の代わりに走る薄い油圧ライン。

装着すると、内部の圧力袋がぶくりと膨らみ、関節の角度を読み取って固定する。


「右、貸して」


私は留め具を締めるのを手伝った。


「骨は守られるから。押す時だけ力を入れて」


「任せぇ。もう、無茶はせん」


雷蔵君はパワーアームの締め付けが落ち着くのを待って、隣のラックからメイスを選んだ。

短い柄に、節の多い鉄頭。振り抜くためじゃなく、いなすための重さだ。


こはるは、小ぶりのハンドランチャーを両手で受け取った。

筒身は短く、上部に手動の回転鼓室。

弾倉には色とりどりの印字ーーフラッシュ/煙霧/ゲル拘束/広域ノイズ。


彼女は確かめるように耳を押さえ、「ノイズ」を一つ選び、鼓室に挿入した。


「……ここの施設、鏡の壁が音を飲む。ーーだから、ここで拍を置くね。乱されても、戻れるように」


燈ちゃんは、風変わりな金属製の棍棒を手にとって、何度か振るう。


「知ってるか?これ、トンファーって言う大陸の武器なんだぜ」


ニッと笑って2本を装備する。

リーチは短いが、素早く格闘系の燈ちゃんにはしっくり来るようだった。

葵君はスタングレネードのセットを、胸のウェビングに縦一列で差した。

タイマー表示の小窓を覗き込み、三秒・二秒と順にずらして設定する。


「同期を崩すのが目的だ。眩惑じゃない。柴崎さん、僕の声から目を逸らさないで」


「おう、相棒。耳と目は預けた」


私はラックの奥から、小振りな電磁ブレードの斧刃が付いたハルバードを手に取る。

柄のスイッチを押すと薄い刃が淡い光を帯び、骨切りの手応えだけが指に残るような、乾いた震えが伝わる。

刃先を確かめた後軽く振るい、一息で薙ぎ払う。

刃は短めだが、狭い間に割り込むのに向いている。

レンチを腰に戻し、斧槍(ハルバード)の重心を掌で確かめる。

右掌の奥が、静かに熱を上げた。


(鍵は、ここにある。赤の手前で、緩める)


クロエちゃんは、銀扇とダガーをいつもの位置に固定しただけで、武器には手を伸ばさず、携帯用E.V.F.アンプルを2本取り、胸に仕舞う。


「重くなると、動きがが鈍るから。これで充分」


柊さんは肋骨を軽く押さえ、鉄扇の骨組みを一本ずつ指で確かめる。


「妾の得物はこれで良い。間は、扇で刻む。大きくは動かぬ」


装備を取る私たちを、アイの微笑が見つめる。

映像であり、記録でもあるのだろう。


『校正端末への接続を完了します。候補生群、準備を確認』


壁の縫い目がうっすらと光り、空間がわずかに“呼吸”した。


壁が割れ、最終審査場への道が開く。

風はないのに、髪だけが静電気でゆっくり逆立つ。靴底の下は石より硬いのに、踏むたびわずかに沈む、生き物めいた床だった。


『第一裁定領域、開示。試験名:“殲滅試験”。

 候補生群、外敵を抑止する正当性を提示せよ。退路なし、休止なし』


私たちが試験場に入場すると、骨の内側で鐘が鳴るみたいに、仮面の声が落ちる。

観客はいない。代わりに、壁一面に走る微細な縫い目が、私たちの呼吸と脈を数えている。


そのとき、温度が一段落ちたみたいに、影が伸びた。


黒衣のネリスが、闇から滑り出る。

輪郭は薄く、顔の造作は掴めない。

見る角度ごとに、別の誰かの面影が上塗りされる。

声は静かで、砂糖菓子を指で割るみたいな冷たさだ。


「静かに。崩れる順番から観たいの。……あなたは最後。綺麗に崩れるから」


私は一歩前に出る。喉の奥が乾く。

燈ちゃんが私の肩を指で叩き、トンファーを互いにぶつけ、ガンガンと音を鳴らす。


「大丈夫。順番はこちらが決める」


ーー金属が床を噛む音。


キィ…キィ……と、刃が鏡面を撫でる様な、神経を逆撫でする冷たい音が広がった。


鏡の縁から長い影が飛び出し、紫黒の髪が翻る。

初めて見る相手だ。

少女の背格好は、うちのクロエとよく似ている。だが、立ち昇る雰囲気が全く違う。


歯を見せて笑うその顔には、左右で色の違う瞳が妖しい光をたたえている。

右は毒の黄色、左は深い紫。


ボブくらいの長さのその髪には、濃い紫に血のようなピンクのハイライトが差していた。


服装は黒の修道服に似ているが、布の縫い目が乱雑で、あちこち赤い縫糸で無造作に補修されている。腰回りには子供たち(ドールズ)の腕や脚のパーツが、飾りのようにぶら下がっていた。

裾は裂け、翻りながら揺れる。


手にあるのは巨大な死鎌、デスサイズ。

柄は骨を束ねたような意匠で、刃は紫黒の光を帯び、振られる前から空気が冷える。


まるで玩具を選ぶ子供のように、その視線が私たちを舐める。


「やだ、いい顔。殺したら私、イッちゃいそう。ねえ、どこから切ったら一番“綺麗な音”がするかなぁ?」


私の隣で、クロエが苦い顔をした。


「あれは……クロエ01(ゼロワン)。私より前の、プロトタイプ。ゾンメルの人形」


01は楽しそうに死鎌を肩に掛け、左右の瞳を細めた。


「うん、出来損ない、ちゃんと喋る。可愛いねぇ。

そうだ、最後はあなたにしよっか?音が綺麗そう」


雷蔵君がパワーアームの指を握り開きして、短く鼻を鳴らした。


「冗談キツいぜ。綺麗な音は工場だけで充分や」


葵君が視線を上げ、端末に素早く配列を走らせる。


「構図は二軸。ネリスは柴崎さんと僕で係留、01はクロエさん+防壁。相馬君は外周で押すだけ。南雲さん、拍は三拍で固定、二拍で戻す。ーー葛城さん」


「うん、私達は相手の無力化を。鍵は私が押さえる」


右掌がうなずくみたいに熱を上げる。

私は斧槍の柄を握り直し、レンチの位置を確認した。


ネリスが一歩、影を滑らせる。


「最初は、あなた」


視界の輪郭がふっと解け、床が水面みたいにたわむ。

誰かの声が、私の声の形で耳に落ちる。


こはるが即座に拍を置いた。


「ーーいち、に、さん。戻して」


燈ちゃんが低く笑う。


「幻覚でも、寸止めしてやるから安心しな!」


01は、死鎌の刃先で鏡面の縫い目を軽くなぞった。そこが喉元だと言わんばかりに。


「ねえ、03。確かめよっか。心臓、誰のために動いてる?」


クロエちゃんは銀扇を開いた。

翡翠の瞳が、ほんの一拍だけ揺れて、それから静かに澄む。


「私の。番号は始まりじゃない。続き」


柊さんが扇を鳴らし、一歩前へ。

肋骨の痛みを呼吸の底に沈め、声だけが凛とする。


「舞は間を置き、毒を返す。刃の“返し”は妾が断つーー澪、右を押さえよ」


私は頷き、鏡の縁へ右掌を寄せた。

内側から、誰かが息を合わせる気配がした。

(まだだ。赤の手前で——)


『提示:殲滅試験は抑止の実演でもある。非致死の連携、評価加点』


仮面の声が落ちた瞬間、影が深くなり、刃の線が長く伸びた。

ネリスの囁きと、01の笑いが交じり合い、白い闘技場は一瞬で二つの戦場に裂ける。


「ーー散開!殺さず、止めるよ!」


私は叫んだ。みんなの返事が重なる。


「任せろ」

「行く」

「拍、置く」

「鍵、頼む」


死鎌の刃がわずかに持ち上がる。

ネリスの影が一層濃くなる。


最終審査が、ほんとうに始まった。

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