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三層手前

——遠くで、二つの音が交互に鳴っていた。


タン。タン。


意識が、水面の下に沈んでいた身体が、その拍で少しずつ浮かぶ様な感触を覚える。


胸に硬い骨が当たっている。

誰かに背負われているーー血と油と汗の匂い、揺れ、荒い息。


「……雷蔵、くん……?」


声が掠れて、自分のものに聞こえなかった。


「おお、起きたか、澪。よう寝ちょったな」


土佐訛りの声が頭の後ろから落ちてくる。


「私…?気を失って…?」


雷蔵君の背中から降りようとする私に、彼の肩が小さく笑って、すぐに強ばった。


「無理すんな。今、降ろすき」


雷蔵君が壁際に身を寄せ、そっと床に降ろしてくれる。


足元がフラフラする。膝が折れ、視界がぐらりと傾いた。


思わず床に膝を付く。


「大丈夫か?」


雷蔵君が心配をして肩に手をかける。

喉の奥が熱い。咄嗟に口を覆うと、鉄の味…小さく咳き込み、黒ずんだ血が掌ににじむ。

鼻の奥もじんと痛い。


「澪ちゃん、深呼吸……吸って、二拍置いて、吐く……そう。」


こはるが私の背に手を当て、トン、トンと背中を優しく叩く。

彼女は私の胸元を押さえ、優しく撫でる。

胸のざわめきが少し整っていく。


「無理するで無い。内側がまだ裂けておる様じゃからの。はしゃぎ過ぎた代償じゃ」


柊さんが帯を締め直しながら目を細める。

紅い瞳が私を一瞥し、フフンと笑う。


クロエが静かにしゃがみ込み、薄い布で私の口元を拭ってくれる。


「……大丈夫。医療ポッドで致命傷は治療済みだから出血は浅いわ。…けど、無理はしないで」


葵君が短く頷き、私の手首をとって脈を測る。


「脈はしっかり戻ってる。意識もはっきり。

歩行は短時間なら可…ってところかな」


葵君は私の右手を握りながら続ける


「右手は…少し…熱い。理由は…後でいいね」


右掌がじんじんと痺れていた。そこだけ火照っている。

鏡に触れるたび、ここが“鍵”になる。それを知っているのは、たぶん私だけじゃない。


「……私、何を……」


喉が痛む。言葉が砂利みたいに引っかかる。


「暴れ……た?」


誰もすぐには答えなかった。

短い沈黙のあと、雷蔵君が笑いを作る。


「ま、いろいろあった。けんど全員、生きちゅう。それでえい」


「澪ちゃんが戻ってきた。それだけで十分」


こはるが柔らかな声色で、しかし、しっかりとした口調で言い切る。


私は頷いて、レンチの柄を握った。

金属の冷たさと重みが、世界の輪郭を戻してくれる。

おじいちゃんの工場の匂い。

油と鉄と、汗。そこにいれば、私は私だ。


「今はどこ?」


低く問う。


「白い回廊。Y.A.T.A.の情報庫であり、最終選考への道だ。」

「この先にある扉の向こうが、最終選考の場だろう」


葵が答える。


「条件は、入ってから説明する」


「分かったわ、私、自分の足で歩ける。背負われてたら、間に合わない」


クロエが私の肘を支えながら、そっと立たせてくれる。

足に力を入れると、筋のどこかがきしんだ。視界が白む。

けれどーー立てる。


「無茶は言うなや」


雷蔵君がが眉をひそめる。


「しんどなったら、すぐ言え。背負うちやき」


「うん。ありがとう。……でも、まずは行く」


こはるが小さく笑って、私の前に出た。


「じゃあ、一緒に。歩幅、合わせよ?」


柊が前を向き、扇を肩に当てて頷く。

クロエは小さな白い物の入った瓶を抱え直し、翡翠の瞳で私を見る。


「……いっしょに」


葵が最後に全員の顔を見て、短く息を吐いた。


「行こう。扉をーー開けるよ」


私たちは列を整え、白い扉の前に立った。

心臓の鼓動みたいに、扉の全面が一度だけ明滅する。


右掌の痺れが、鍵穴に吸い寄せられるように疼いた。


私はレンチを腰に戻し、濡れた唇を拭って、うなずく。


「……私達なら大丈夫。行こう!」


扉が横に滑った。眩しい白と、黒い格子の床。金属の匂いが押し寄せる。


ーーここからが、最後の戦いだ。


------------


『こちらが最終選考への扉となります』


アイの柔らかな声色と共に、その扉は心臓の鼓動みたいに一度だけ明滅して開いた。


白い床に黒い格子が埋めこまれている。

うっすらと金属の匂い。

天井には太い幹線が走り、壁の中央に六枚の鏡面


ーー神鏡の副壇が据えられていた。


『第1試験は電離調停試験となります。制限時間は15分間。

時間内に完了できない場合、1名が校正徴収となります。但し、その他名については以降の試験続行可能です』


アイが静かな声で続ける


『校正徴収は神鏡の芯へ組み込むための没収となり、対象は自動選定されます。

尚、交渉・代替は不可となります』


中央の鏡面に赤い文字が点る。

15:00:00と表示され、すぐに減りはじめる。


喉がきゅっと縮む音がしたのは、たぶん私。


「……要するに、失敗すれば一人消えるってことだね」


「失敗しなければよい」


柊さんが扇をパチンと鳴らす。

葵君が膝をついて端子を撫でる。


「やれる。場を止めずに成功させる。ーー誰も差し出さない」


私は頷いて、右手の痺れを確かめた。

鏡に触れると通る、鍵。


クロエが胸の小さなガラス筐体を抱え直す。

素体(Seed)を仮の芯に。……神鏡に合わせられる」


「二拍で刻むね」


こはるが小さく手を叩く。タン、タン。


その瞬間、天井梁が青白く閃き、床の格子に蛇のような光が走った。

続きが気になったらブクマ&更新通知ONお願いします。次回「再々霆鳴(ていめい)」ーー三度目の正直

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