一縷の光
E.V.F.の光が暗い地下水道を揺らめかせる。
葵は壁際に隠れ、柱の影からゾンメルの動きを見ていた。
(…おかしい。さっきの触手破壊のダメージがもう修復されてる…)
視線の先、ゾンメルの装甲の継ぎ目から淡い光が滲み出し、傷口を飲み込むように塞いでいく。
その度に、水面から吸い上げられたE.V.F.が触手や背部の吸入口に流れ込むのが見えた。
「やっぱり…あれがキモだな」
小さく呟く葵の脳裏に、昔の事故映像が蘇る。
冷却ラインが逆圧で破裂し、ポンプが内側から砕け散った工場事故。
技術講師の声が耳の奥で響く。
『流れは止めるより、逆に押し返した方が壊れやすい場合がある』
葵の瞳が細く鋭くなる。
(流れを断つのは難しい。けど、逆に流し込めば…あいつのポンプごと、内側から…)
「……一か八か、だな」
薄暗い水路の陰を匍匐前進で気配を消しながら移動する。
先ほど確認した配管図で見つけたバルブ位置に到着すると、息を殺して制御盤の蓋を携帯ナイフでこじ開けようとする。
ーーバキンッ!
乾いた音とともに制御盤のロックが外れる。
ゾンメルに気付かれ無いかと肝を冷やしたが、クロエとの戦闘でそれどころでは無いようだ。
ほっと胸を撫で下ろしながら制御盤の中を確認する。
(…ビンゴッ…!)
指先で配管をなぞり、E.V.F.の流量制御弁を見つける。
「これは…電磁制御弁だな…だったらっ!」
工具ポーチから、絶縁カッターと古い端子ケーブルを取り出す。
(この水圧と配管の太さなら…三秒持たせれば十分だ)
ケーブルを接続し、バルブの電極を別系統の電源に直結する。
一瞬で管内のE.V.F.が唸りを上げ、逆方向に流れ始める。
ほんの僅かな時間でも、奴の回復を狂わせられればーー。
「……今だ!」
流路切り替えの手動バルブのレバーを一気に引き上げ、液体の流れを切り替える。
それによりE.V.F.が最大流量でゾンメルに一気に逆流する。
「ぶおおおおぉぉぉお…っ!!」
その途端ゾンメルの身体がブルブルと震え、その振動と同期するようなうめき声を上げる。
触手の動きが乱れ、縫い付けられていた3人の拘束がわずかに緩む。
「やったっ…!」
柊が歯を食いしばり、焔扇で触手を押し返す。
澪も必死に腕を引き抜こうとするが——
「…小賢しいわ!」
ブルブルと震えながら振り返ったゾンメルが、触手の一本を葵に振るう。
葵は壁際へと叩きつけられ、血を吐く。
そしてーー
握っていた手動バルブが、その拍子に元に戻ってしまった。
バルブの逆流が止まり、ゾンメルの震えも収まる。
肩口を貫く冷たい衝撃と共に、葵の体が固定される。
「……がっ……」
視界の端で、柊も、燈も、再び壁に縫い付けられていく。
「…小僧っ…チョロチョロと小細工をしおって!後でゆっくり殺してやる、おとなしくしていろっ!」
痛みと悔しさで葵の目からポロポロと涙が流れる。
「…皆…ごめん…」
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私は手足は石床に縫い付けられ、血がどくどくと流れ出していた。
呼吸が苦しい…視界が暗く滲んでいく。
破壊された筋肉と骨が悲鳴を上げているかの様に手足は重く、自分の物では無いかのように遠くに感じる。
朦朧とする意識の中、誰かの声が聞こえる。
耳の奥で、いや、頭の中に直接響いてくる。
子供のような声が、何かを呼びかけてくる。
(…コロス…)
(……いや……私は……)
(…ゼンブ、コロス、コワス…)
葵君の苦しむ声、柊さんの低いうめき、クロエちゃんの息の乱れが重なる。
沸々と怒りの感情が込み上げる。
(私は…なんて…無力なの…)
澪は奥歯を噛み締め、首を振る。
(…だったら…いっそのこと…!)
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心臓を焼くような衝撃が澪の全身に走る。
血液が沸騰し、筋肉が弾け、骨の軋む音が内側から響く。
紅蓮に染まった視界の中、世界の輪郭が鮮明になった。
「アァァァァァッ!!!」
床に縫い付けていた触手を、澪は片手で掴み、捻り千切った。
ーーぶちゅる…
金属と肉の嫌な感触と音とが通り抜ける。
「…ぬぅあぁ?」
ゾンメルが低く唸った瞬間、次の触手も引き抜かれ、壁から柊が自由になる。
「澪……!?」
「ルルルるぁぁぁ…!」
澪の声は、もう彼女自身のものではなかった。
立て続けに触手を粉砕し、燈達の拘束が解ける。
千切られた触手の断面から、火花と黒い液が飛び散り床に落ちるたびに蒸気を上げる。
「貴様ァ……!」
ゾンメルが残りの触手を一斉に突き出す。
しかし、常軌を逸した澪の動きに、その攻撃は虚しく空を切る。
澪は体を捻り、足元に滑り込み、すれ違いざまにレンチで基部を粉砕する。
一本、また一本…
獣のような動きで次々と触手の節をレンチで砕き、引き千切っていく。
ゾンメルは次々と触手を生やし、澪に攻撃を加えるが澪はそれを上回る速度で触手を引き千切り、砕いていく。
うねうねとのたうつ触手の残骸が次々と床に堆積していく。
そして、ついに最後の一本が床に叩きつけられると同時に、触手は完全に沈黙した。
「……やりおった……!」
柊が鉄扇を支えにヨロヨロと立ち上がる。
燈が涙混じりに笑い、葵も思わず息をついた。
澪は間髪入れず、ゾンメルの本体に迫る。
レンチが脚部を打ち砕き、腕を掴んでそのまま引き千切る。
もう片方の手で胸部装甲を切り剥がし雄叫びを上げる。
「フオォォォォ…!!」
火花と血が混じった液体が飛び散り、ゾンメルがよろめく。
あと、一撃……!
皆の胸に、確かな希望が灯った。
ゾンメルの頭部を打ち砕かんと、澪がレンチを高々と振り上げる。
だが、その刹那
ーーゴフゥ…
澪が口から血を噴き出し、膝から崩れ落ちる。
視界が白く霞み、肺が酸素を求めて痙攣する。
澪は両腕をだらりと下げ、指先から力が抜けレンチが水面に落ちた。
「な、何で?!み、澪…!」
燈の目が驚きで見開かれる。葵が顎の血を袖で拭いながら呻く。
「身体が負荷に耐えきれ無かったんだっ…!」
ゾンメルの片目が妖しく光る。
「フ、フハハ…終わりは、こちらが決めさせて貰うぞ…」
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