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絶望

金属節の擦れる音と、水面を切り裂く音が同時に響き渡る。

背中から伸びた多節触手が、壁、天井、水面——あらゆる角度から澪たちに襲いかかる。


私は銃剣を構えるが、激しい触手の動きに手足が思うように動かない。


「…ぐぅっ…!」


思わずうめき声が漏れる。

暴走化の後遺症で関節が硬く、全身に痛みが走る。

手足の感覚も鈍ってきていた。


銃剣を横に払い、触手を一本切り落とす。

床に落ちた触手が断面から黒い液体を撒き散らしながらのたうち回る。

息をつく暇もなく次の攻撃が迫る。

一本の触手を辛うじて避けたが、次の一撃で銃剣を弾き飛ばされ、次の薙ぎ払いで水面に叩きつけられる。


「澪!」


燈ちゃんが駆け寄って来るが、その腕を別の触手が絡め取る。

電磁ナイフで必死に切り払うが、出力が足りず、刃が火花を散らすだけだった。


「……くそっ、効かねぇ!」


次に振るわれた触手の一撃で吹き飛ばされ、背中から水に沈む。


柊さんは焰扇を振るうたびに苦しげに息を漏らしていた。

舞うような動きは影を潜めていた。

それもその筈で、連戦による裂傷や肋骨骨折が彼女の動きを鈍らせ、焔の勢いも落ちていた。


触手を一つ、二つと焼き払うが、次第に追いつかなくなる。

次の一本を薙ぎ払った直後、別の一本が脇腹を強打し鮮血が水に散った。


「姉様!!」


クロエちゃんがダガーを閃かせて飛び込み、絡みつく触手を斬り払う。

彼女だけがゾンメルの動きに追従出来ていた。

身のこなしは軽く、動きも鋭い。


一撃ごとに金属節を切断し、ゾンメルの動きを僅かずつだが制限していく。


しかし、それも長くは続かなかった。

切り落としても切り落としても、何故かゾンメルの触手は一向に減る気配もなく、攻撃の手が緩まない。


「面白い……まずはお前からだ」


クロエちゃん一人になったことで、ゾンメルの触手が四方から集中し、クロエちゃんを包囲する。


「…クロエ…ちゃん…」


私は朦朧とする頭を振り、彼女の動きを目で追う。

多数の触手による同時攻撃を捌ききれず、逃れる間もなく圧縮するように、一斉に叩きつけられてしまった。


鈍い衝撃音と共に、クロエちゃんの身体が水面に沈む。


------


その少し前、葵は崩れた配管と制御盤の影に身を沈め、息を潜めながら臍を噛む。


「……くっ」


瓦礫に紛れた鉄粉の匂い、緑がかった培養液の湿り気、遠くで何かが溶け落ちる鈍い水音ーーすべてが耳障りで、同時に情報だった。


(落ち着け。僕の役割は介入じゃない、解析だ)


視界の端では黒い閃光が走る。

クロエがゾンメルと一人で相対しているのだ。


(葛城さん、燈、柊がやられた。残っているのはクロエ一人。

ゾンメルのあの形態は……液面と直結、触手は三十二本。パターンは……)


触手が振り下ろされる直前、根元の負荷が一瞬だけ落ちる。液表面が揺れーー空洞が生まれる。次にくるのは、爆ぜるような水鳴りと、突き出される触手。


(前駆。射出前の“息継ぎ”か。タイミングは……0.2秒程度か?

三連の後はクールダウンが2〜3秒。四連の後は4秒くらい。規則はある。なら、狙える)


もう一つ。泡。触手が連撃から単発へ移る前、微細な泡が一斉に浮き上がる。送液ポンプの逆止弁がうなる。空気の混入か、いやーーキャビテーション。


(温度偏差、圧力変化、そして泡立ち……。あれは圧力急変に弱い)


クロエが床を滑り、三本目の触手を肘で受け、刃で払う。

重い衝撃が空間を揺らし、葵の頭上から砂がぱらぱらと落ちた。

葵は壁面に描かれている冷媒ラインの配管図に目をやる。

ラベルは剥げかけているが、バルブ位置が読み取れた。


「……弱点を、必ず見つける」


小さな呟きは、濁った水音に飲まれて消える。

だが葵の指先は、もう迷っていなかった。


------


水面下


暗闇の中で、クロエの閉じた瞳がふっと開く。


沈んだ中、その液体が血管を巡り、温かく、しかし熱すぎるほどの力が全身に満ちていく。


(…これは...E.V.F.!?)


水泡と共に彼女はゆっくりと立ち上がり、水面を割った。


「……まだ、終わってない」


濡れた前髪を払いつつ、ダガーを逆手に構える。

背後から迫る触手を先程よりも鋭い動きで紙一重で回避し、刃を滑り込ませて節を切断する。


「ふん…卑しい奴め。我がE.V.F.を貪ったか…」


迫りくる触手を黒い稲妻のように駆け、次々と切り落としていく。

そのまま柊と澪の前に飛び込み、2人に迫っていた触手をの軌道を扇で逸らす。


「立って!次が来る!」


澪は足に力を込めるが、足がガクガクと震え踏み込みが利かない。

柊も焔扇を構えるが、肩で息をしており苦痛に顔を歪める。


それでも二人は前へ出た。


燈も落としたナイフを拾い上げ、必死に戦列に加わる。


「……くっ!」


電磁ナイフを振るい、何とか触手の先端を焼き切る。


一瞬、ゾンメルがたじろいだように見えた——


しかし次の瞬間、


「そろそろ終わりにしよう」


その声と共に、先程以上の触手が一斉に広がり、稲妻のような速度で彼女達に襲いかかった。


一本がクロエのダガーを弾き飛ばし、肩口を貫く。

二本目が柊の左腕を穿ち、壁に縫い付ける。

三本目が澪の太腿を串刺し、水しぶきと血を同時に噴かせ地面に磔にする。


「……っがぁ!」

「澪!」

「栞を…離せぇ!」


抵抗は叶わず、次々と触手が手足を貫き、冷たい石壁そして石床にへ押しつけていく。

鉄の杭のような痛みが骨まで突き抜け、動きは完全に封じられる。


燈も背後から絡め取られ、壁に叩きつけられる。

小さな呻き声と共に意識とナイフを失う。


「クックック…いい眺めだ……」


うねうねと触手を蠢かしながら、ゾンメルがゆっくりと彼女達に歩み寄る。


「E.V.F.さえあれば、私は不死身だっ!ワハハハハハ…!」


濁った水面に、絶望と血の匂いが広がっていった。

続きが気になったらブクマ&更新通知ONお願いします。次回「一縷の光」

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