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仄暗い水の底から

ビー、ビー


アラート音と共に、認証端末の画面に赤い文字が表示される


【ERROR:Authentication failed:Access denied】


「…くっ!」


クロエちゃんの横顔に焦りが浮かぶ。

どうやら認証権限は既に剥奪され、研究室へ入ることが出来ないようだ。


「むぅ、開かんのか…ならば妾の焰扇でこじ開けるか…?」


柊さんがそう呟いた瞬間、頭上のスピーカーからくぐもった声が聞こえた。


「そんな事をしなくても、扉を開いてやろう…」


その声は…ゾンメルだった。こちらの事を監視していたのか、落ち着いた声色で続ける。


「さあ、どうぞ。可愛い娘の姉と友達だ…十分にもてなしてやろう」


その声とともに研究室の扉が滑らかに開く。


-----


クロエちゃん、柊さん、私、燈ちゃん、葵君の順で部屋に入る。

部屋の中は薄暗く、複数の計器類やコンピューターの明かりが明滅しており、機器やファンの動く低い音とコポコポと気泡が湧き上がる音が響いていた。


「…無人…?」


部屋の中を見渡すが、中にゾンメルの姿はおろか、誰一人居なかった。

目に見えるのは、無機質な機器と配線だけ。

だけど、背筋を撫でるような感覚が、誰かの視線が確かにあることを告げていた。


「……無人、じゃないな」


葵君が手前の端末を素早く操作しながら、低く呟く。


「監視カメラ、稼働中。複数のセンサー反応もある」


「フン、鼠の目玉ごと焼き払ってやろう」


柊さんが扇を半開きにする。

その目に、赤い光が小さく踊った。


「待って」


私は声を潜めた。


「……クロエちゃん、奴はどこに?」


その問いには答えず、クロエちゃんはただ壁際の一角を見据えていた。

そこには他の計器とは明らかに異なる、古びた円形の装置が据え付けられていた。

表面のパネルが、私たちの侵入を感知したかのように淡く光っている。


ーーそして、天井からノイズ混じりの声が落ちてくる。


「歓迎しよう……茶会は参加者が多い方が愉しいからな」


次の瞬間、足元の床が低く唸りを上げ、部屋全体がゆっくりと沈み始めた。


「な、何だこれ!?」


燈ちゃんが壁に手をつく。

周囲の計器の光が赤く変わり、低い警告音が響き渡る。


「エレベーターだ……この部屋ごと地下に降りてる」


葵君の顔色が変わる。

まるで、こちらの逃げ道を最初から塞ぐために用意された罠のようだった。


-----


地下へ降りた先は、湿った空気と錆びた金属の匂いが満ちた空間だった。

石造りのアーチが並び、足元には濁った水が浅く流れている……いや、その表面に時折きらめく光が混ざっている。


「……あれは…?」


葵君の低い呟きが聞こえる。


前方、薄明かりの中でぎこちなく動く人影。


「来たか……歓迎しよう」


低く響く声と共に現れたのは、黒衣に身を包んだゾンメルだった。

顔の下半分は重厚なガスマスクに覆われ、頭にはフードを被っている。

全身は液体防護用のスーツに覆われ、その目にはギラギラと薄暗い光を宿していた。


「行くぞっ!」


燈ちゃんが先陣を切り、濡れていない石畳の上を跳ねるように駆け、ゾンメルに向かう。

その勢いのまま電磁ナイフを逆手に握って飛び込む。


「っぉりゃぁああ!」


ガキィンと金属がぶつかる音とともに火花が散る。

刃の閃きと同時に、ゾンメルの左腕から外装がバチリと火花を散らして裂け落ちる。


「こちらもおるぞ!」


柊さんが焰扇を大きく薙ぎ払う。熱波と共に赤い焔が舞い、ゾンメルの右肩を焼き切った。


「…む、むうぅ…」


ゾンメルがうめき声を上げ揺らぐ、クロエちゃんはその隙を逃さない。

逆手のダガーで関節部を突き刺し、さらに鉄扇で下から薙ぎ払いながら胴体に蹴りを入れる。


「ここよっ!」


私は掛け声と共に銃剣を構えて踏み込み、よろめいているゾンメルの胸部へ突き入れる。


金属を貫く手応えの直後、左手のレンチで衝撃を加え、内部をねじ切った。


水飛沫を上げて人影が大きくよろめく。

その体からは血では無く、薄緑色の液体が漏れ出しパチパチと小さなスパークが覗く。

ゾンメルの動きが鈍った。


「押し込めェッ…!」


燈ちゃんが再び切り込み、柊さんとクロエちゃんが左右から挟み込む。

私は後方に回り込み、レンチで膝関節を叩きつけ、銃剣で背部にあるチューブを切断した。


ゾンメルは膝をつき、水面に沈みかける。


「終わった……?」


息を整えかけたその時ーー


ぶく……ぶく……


ゾンメルの足元の水が異様に泡立ち、人影の切断面から黒い影が滲み出した。

それは水面に広がる液体を吸い込みながら、ゆっくりと形を変えていく。


ゾンメルの背中から黒衣を裂いて何本もの金属製の多節触手が生え現れ、ヌラヌラと鈍い光を放つ。


先端の鉤爪が水面を切り裂き、金属節が不気味な音を立てて伸び縮みする。


「…フフハハハ…楽しんで貰えたようだな。それでは今度はこちらが愉しませて貰おう」


背筋が凍る、地の底から湧き上がるような笑い声が地下空間に響き渡っていたーー

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