宿舎にて2 食事1
部屋の外に出ると、丁度こはるも部屋から出てきたところだった。
「澪ちゃん!ごはん、一緒に行こ?」
二人で手を繋ぎながら、ガイドの光に従って食堂に向かう。ここでは食事の時間も、勝手には決められないらしい。遅れたらどうなるのかまでは分からないが、試す気にはなれなかった。
廊下を抜けた先に、やけに広い空間がぽっかりと広がっていた。床と壁は変わらず無機質な灰白色。天井には規則正しく配置された照明が、空間全体をぼんやり照らしている。
中には、四人掛けの円形テーブルがずらりと並び、まるで学校の食堂のような形をしていた。だけど、そこには温もりも賑やかさもなかった。
すでに数人の候補生が着席している。
私が入ったとき、チラリとこちらに視線を投げかけるものの、声を出す者は誰一人いなかった。
話をして駄目なわけじゃない。でも、誰も口を開こうとしない空気が支配している。
「おーぅ!お前ら!一緒に食ぉーぜ!」
静寂を切り裂くかのような声。もちろん声の主は燈ちゃんだった。相変わらずの距離感で肩を組んでくる。
「てかさ、何でコイツら黙ってんの?辛気臭いったらねーぜ」
部屋の温度が1度下がった。ように感じたのは私だけでは無い筈だ。こはるは私の後ろに身を潜め、私の服の裾をしっかりと握っている。
燈ちゃんに悪気は無いのだろう。自分の思った事を、そのまま口に出しているだけだ。良い様に言えば、純粋、素直。悪く言えば、空気が読めない、デリカシーが無い。
小さく息を吐いたあと、ピリピリした空気を肌で感じながら、私達は壁際に並んだ自動配膳機へと進む。
肉、魚、うどん、ラーメン、カレーなど様々なメニューが並んでいる。どうやらブレスレットをかざすと食事が出てくる様だ。
「おうおう、えい匂いがしゆうのぉ……カレーか? こりゃあ、腹ぁ鳴るがぜよ」
私たちが列に並んでいた背後から、やけにのびのびとした声が響いた。振り向くと、首筋まで日焼けした男子がトレー片手に笑っている。
髪を後ろに流しており、シャツのボタン3つほど外している。筋肉質な胸元には、チェーンのネックレスが覗く。どこか“自由人”の空気を纏った青年が笑顔で立っていた。
「何だよ、アンタ…?」
燈ちゃんが眉をひそめて問いかける。青年はにかっと笑って答える。
「オレか? 相馬雷蔵っちゅうき。土佐ん生まれよ。よそもんやけんど、仲ようしちゃってつかあさい」
「イヤ、こっちは別にアンタと仲良くしたくなんてねーよ。大体何でそんな馴れ馴れしいんだよ」
燈ちゃんが掌をヒラヒラさせて、あっちへ行けとばかりに追い払う様なゼスチャーをする。
しかし相馬雷蔵と名乗った青年は、白い歯を見せニカッと笑いながら気にした様子も無く答える。
「んー、根が図太いがやろな。こげなとこ来たら、いちいち気ぃ張ってたら身体がもたんき」
調子が狂うとばかりに肩をすぼませ、燈ちゃんは尋ねる。こはるは私の後ろで小さくなっている。
「あんた、ここに居るって事は一次選抜通ったワケ?」
相馬君は笑顔で頭をかきながら答える。
「ほいほい。あんまり派手なことはしてないけんど、ちっくと機械触るのは慣れちゅうきねぇ。オレは腕で食うちゅう男ながやき」
ムキッと効果音を口で言いながら腕を曲げ力こぶを作って見せる。
「なんか……濃いね」
背後のこはるに言うと、こはるは無言で必死にコクコクコクと頷き返す。
「そりゃあ誉め言葉やろ? あんたら、グループ7やったのう?見ちょったで。あれは見事やったわ、ほんまに」
彼はそう言ってウィンクする。
「さてさて、どれにするかねぇ……胃袋は一つ、悩むのう」
*
*
*
「って、なんでアンタが一緒に座ってんだよ!」
燈ちゃんがテーブルに手を付き立ち上がって声を荒げる。その様子を周りの候補生達が横目でチラチラと伺う。
「せっかく仲良うなったがやき、いっしょに飯食うた方がうまいに決まっちゅうがや!」
相馬君は同意を求めるように左右に座っている私とこはるを交互に見る。
「まあ、相馬くんの言う様に、皆で食べた方が楽しいじゃない。ね?こはる?」
私が同意を求めると、こはるは顔を赤くしながらチラっと相馬君を見て小さな声で答える。
「う、うん。悪い人じゃ無さそうだし…」
「おお〜!そうかえ!ありがとよ、ありがとよ〜!」
相馬君はこはるの手を握り、ブンブンと握手をする。こはるは更に顔を真っ赤にさせて俯いていた
「ね、燈ちゃんも座って?相馬君も悪い人では無さそうだし。」
私の言葉に渋々と椅子に座る燈ちゃん。
「ほらほら、こっちはもう名乗ったき。そっちの姉ちゃんらはどうなが?」
雷蔵が笑顔で3人に尋ねる。
「ああ、ごめんなさい。自己紹介が遅れたわ。私は葛城澪、高校1年生よ。宜しくね、相馬君」
澪が笑顔で右手を差し出す。雷蔵は両手でしっかりと澪の手を握り返す。
「よろしゅうな、澪ちゃん!高1やったらオレと同学年やにゃあ!」
燈ちゃんも自己紹介しながら、驚きの声を上げる。
「アタシは柴崎燈。って言うか、アンタ、年下なの?!てっきり二十歳位だと思ってたぜ!」
雷蔵が苦笑いしながら答える。
「あー、まあ、間違いっちゃあ間違いやないき。いろいろあってよ、今は二十歳のピッチピチ高校1年生っちゅうわけながやき!」
立ち上がり腕を組んでドヤ顔をしている。
「私は、南雲こはるって言います。宜しくお願いします。」
言葉の最後は消え入りそうな声で、こはるが深くお辞儀をする。
「お、こはるちゃんかえ!こっちこそ、よろしゅう頼むぜよ!みんな、オレのことは親しみ込めて“雷蔵君”って呼んでくれてかまわんき!」
雷蔵は3人に向かってそれぞれ笑顔で親指を上げながらウインクをしてみせる。
「ハンッ!何が雷蔵君だ、二十歳のおっさんが」
燈ちゃんが呆れたように頬杖をつきながらツッコミを入れる。
「はぁ~ん!冷たいのう!これがアレかえ?都会女子のツンデレっちゅうやつながか?ホンマは好きやのに素直になれんってやつ?」
雷蔵君が両手を胸に当て、身動ぎをする。
「はぁ~?何言ってんだ!お前なんかにはツンしかねーよ!」
燈ちゃんが本気で嫌そうに否定するが、雷蔵君は動じない。それどころか更に畳み掛ける様に燈ちゃんの肩に腕を回し、肩を組みながら言う。
「照れんでもええがよ、分かっちゅうき、分かっちゅうき!」
ゲシッ!!
燈ちゃんが雷蔵君の腕を振り払い、そのまま流れる様に回し蹴りを食らわす。雷蔵君は笑顔のまま床に尻もちをつき、その後も、わっはっは、愉快愉快、などと言いながら椅子に座りなおす。
(ひ、ひょっとしてこの人、馬鹿に見えるけど、凄い大物なんじゃ?)
私がそんな事を思っていると、少年の声が聞こえた。
「あれ?お友達?」