相談
気を失った澪を抱きかかえていたクロエが、そっと
身体を離す。
吐血と鼻血に染まった彼女の顔には、しかし苦痛の色はなく、ただ深い、静かな眠りがあった。
汚れた顔を綺麗に拭き取り、澪を壁側に運び休ませる。その間、4人は沈黙を保っていた。
誰も口火を切れなかったのは、戦いの激しさと、それ以上にーー
「……さっきの、澪ちゃん……だった、よね?」
こはるが、ぽつりと呟いた。
おっとりとした口調には、まだ震えが残っている。それを皮切りに、皆が次々と口を開く。
「…うむ。確かに、葛城澪の姿ではあったが…妾の知る姿ではなかったのぅ」
柊は腕を組み、扇を口元に当てながら目を細めた。
「なんつうか……オーラが違う、っちゅうか。あれ、もう完全に獣やったぞ。殺すか殺されるか、そんな気配しかせんかった」
雷蔵が天井を見上げてため息をつく。
「ネリスとゾンメルを一人で追い返すなんて……私達が皆で連携してようやく抗えてたのに…」
クロエが悔しげに拳を握る。
傷ついたままの頬には、まだ澪のレンチの風圧の名残があった。
「姉様は澪の事どのくらい知ってるの?いつから……あんな力を?」
クロエは柊の横に並び、上目遣いに尋ねる。
「最初の試験の時も妙な雰囲気はあったが、あれほどではなかったはずじゃ」
「本人が何も言ってない以上、無理に問い詰めるのも違うと思うけど……それでも……」
クロエは言い淀んだ。
あの時、自分を見つめるような瞳と、猛獣の如き暴走の間には、断絶があった。
葛城澪が、どこかで“分かれていた”。そんな感じだった。
自分たちが知る澪と、戦場で目覚めた"何か"。
「澪の中に、何が居るの…!?」
クロエが自分の指先を見つめながら呟く。
「中と言えば、なんかさ、澪ちゃん、鏡に映ってなかったよね……?」
こはるの言葉に、全員の驚きの目が向けられる。
「あれ?皆気付いてなかったの…?澪ちゃん、この選考中、鏡に姿が映ってないんだよ…?」
雷蔵の目が更に鋭くなる。
「まさか、俺ら……人間ちゃうもんと一緒におったんか……?」
「いや、澪ちゃんは澪ちゃんだよ。それだけは、私、ぜったい、そう思う」
こはるの言葉に、クロエも頷く。
「うん。でも、何が起きてるかを知る必要はある。彼女のためにも、私たちのためにも」
「……うむ。となれば、行くべき場所は一つじゃな」
柊が静かに立ち上がる。皆の視線を集めながら続ける。
「試験前に通された、あの研究施設じゃ。コンピューター端末が何台か有った。ロックが掛かっておるようじゃったが……今なら、隙を突けるやもしれん」
「ああ、候補生が……培養槽の中で再構成されてたあそこやな。確かに、あれだけの設備なら“人ならざる”実験もしとる可能性は高い」
雷蔵も立ち上がり、手を鳴らす。柊の片眉がピクリと上がる。
「…栞を苦しめた輩には、相応の罰が下ると思い知らせてくれる…関わった者は全員、紅蓮の焔で焼き殺してくれるわっ…!」
柊がギリっと歯を鳴らし、鉄扇を握りしめる。その手にクロエが細い指先をそっと重ねる。
「姉様…私のことはもう良いの。危険なことはしないで…」
「しかし…それでは妾の溜飲が下らん…!」
クロエは柊の手を握り、大きな瞳でじっと見つめながら静かに言う。
「わたしは、また姉様とこうやって一緒に居られるだけで充分なの…」
「…う、うぅむ…。では血祭り位にしておこうかの」
ごほんと咳払いをし続けて言う
「話を戻すが、あの小娘に何があるかわからぬまま共に動くのは、妾は気乗りはせん」
クロエが頷く。
「それは私も同じ思いよ。それに、澪自身……自分の力に苦しんでるようにも見えた。暴走の最後、私たちの声が届いたからこそ、止まれたんだと思う」
クロエは確信に満ちた顔で力強く頷く。
「じゃあ決まりやな。澪が目ぇ覚ます前に、情報、手に入れとこや」
「はいっ……私も、がんばります」
こはるが拳を胸に当てる。
「妾と栞で先頭を行く。貴様らは足手まといにならぬ様、後ろから追いて来るが良いぞ」
「へいへい、お嬢様」
雷蔵が笑いながらついていく。
その後ろにこはるも静かに並んだ。
——こうして、葛城澪という“謎”を解くため、4人は再び、闇の中へ足を踏み入れる。




