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激戦

私たちは追い詰められていた。4人がかりでもクロエに傷1つ付けられずに居た。


一方でこちらは致命傷こそ負っていないものの、お互いに連携し補い合いながら、何とか軽傷で押し返している状態だった。


「…なんちゅう…動きしやがるかよ。こんままじゃ…埒が明かんき…」


息を切らしながら雷蔵君が呟く。攻め手に欠き、こはると視線を交わす。こはるはフルフルと頭を振る。


その中で、柊さんの目だけは、なおも鋭く光を宿していた。


彼女は静かに体勢を整える。鉄扇を両手で構え、互いを擦り合わす。


ジャッ!ボッ!!


鉄扇の火花により着火する。柊さんの大技だ。


「ーー死扇…焔」


鉄扇を鋭く閉じ、風切り音と共にクロエへ突き出す。

それは急所を狙いすました、槍のような一撃。


だがーー。


ギィンッ!


クロエはそれを読んでいた。前回の戦闘データが記録されているのか、冷静に半歩かわし、手首を刃で払って弾き、炎が宙を舞う。


「っ……!」


すかさず距離を詰めるクロエ。鉄扇が間に合わない。


「まだじゃーー!」


一旦バックステップで距離を取ったあと、鉄扇を広げ、反転しながら回転する


ーー焔葬・彼岸廻り


燃え上がる扇が左右で弧を描き、まるで炎の独楽のように回転する。


火の弧が連続してクロエの前進を止め、三段斬りからの振り下ろし、払い上げ、そして最後に回し蹴りの連携。


ーーだが。


クロエは動きを予測し、最小限で軌道を外したあと、柊さんの蹴り足を切り裂きながら背後へと抜ける。


「…それは、前に見た…」


クロエが小さく呟く。床に広がる柊さんの血の染みを見ながら雷蔵君が拳を握り唸る。


「クソッ……通じねぇのかよ……!こうなりゃ……!」


雷蔵君がクロエに向かって突進する。私も後を追いクロエに向かって走る。雷蔵君が鉄パイプで横薙ぎするのと同時に、私の銃剣による突き攻撃を重ねる。


が、クロエはゆらりと動いただけで私たちの攻撃が宙を切る。


「…あなた達では、私に…勝てない」


瞬間、柊さんの気配が変わった様に感じた。


柊さんは蹴り上げ後の体勢から身を捩り、片方の扇を閉じ、もう片方の扇に重ねる。


さらなる焔が集中する。足元の床にまで紅い文様が浮かび上がり、空気が歪む。


先程と同様に回転するように前転しながら、全身をひねって渾身の一撃を放つ。


「何度試しても無駄…」


クロエの言葉に柊さんの目がすうっと細くなった。


「曼珠巡華…!」


その言葉と共に横回転に加え縦の動きが加わる。血飛沫とともに焔が軌道を描き、空間を螺旋状に切り裂く。


それはクロエの動体視力をもってしても、読みきれなかった。


前方から来るはずの攻撃が、死角から跳ね返るように襲う“逆律”の動き。


クロエのダガーは柊さんの腕を掠めたが、それでは柊さんの技は止まらない。


――ガギンッ!!


炸裂した焔の衝撃波に、クロエが避けきれず仮面に亀裂を走らせる。


「くっ…!」


クロエの表情が曇る。更に柊さんが追撃を放つ。


超低心から腕を交差させ、両手で薙ぎ払いながら撃ち上げる。


次の瞬間、粉砕音と共に、炎と破片が空中に舞う。


「があぁ…!」


攻撃を放った柊さんが血を吐きながら床に倒れ込む。彼女は既に満身創痍で、あんな大技を使える状態では無いはずだ。


しかし確かにクロエにはヒットした筈だ。柊さん渾身の技により、砕けた仮面の下から現れたのは、まだ幼さの残る少女の素顔だった。


「っ……クロ、エ……?」


私の口から思わず声が漏れる。

クロエの瞳が揺れるーーほんのわずかに。


仮面を失ったことで、精神への抑制が崩れ始めたのかも知れない。


その眼差しに、記憶の中にある面影が、確かに一瞬だけ、重なって見えた。


------


粉砕された仮面の破片が、まるで時を断ち切るように空中を舞っていた。


剥き出しになった素顔のクロエは、その場に膝をつき、片手で頭を抱える。


「くっ……頭が……わた、わたしは………?」


その瞳がぐらぐらと揺れる。


「…グブッ…し、栞…」


柊さんが血を吐きながらクロエに手を伸ばす。


クロエの瞳はまるで焦点が合っていない。ふたつの世界が交錯し、同時に流れ込んでいるかのようだ。


唐突に、耳障りな高周波ノイズが空間に満ちた。

クロエの背中が跳ね、ぎゅっと歯を食いしばる。


「な、なんやこの音はっ……!」


雷蔵君が低く唸る。


まるで目に見えぬ「黒い糸」が空間を裂き、クロエの意識に絡みつく様だった。


クロエは床に落ちていたダガーを手に取り、フラフラと立ち上がる。


「ワ…ワタ…し…は…」


それはまるで、機械音声のように感情を感じさせない声色だった。


「…栞!」


柊さんが叫ぶ、その声にクロエの身体がビクンと弾け、視線を柊さんに向ける。


「…ね…ねえ…さ…ま…?」


高周波ノイズが更に強くなる。こはるは、眉間に皺を寄せ耳を塞ぐ。

その音は操り人形に再び命令を流し込もうとするようだった。


『従え、クロエ。命令だ』


何処からともなく、くぐもった男の声が聞こえる。


『感情は要らない。記憶は毒だ。戻れ。兵器に』


脳裏に直接流れ込む命令。クロエはブルブルと身体を震わせその場に膝から倒れ込む。

肩を抱くようにして、必死で何かと戦っていた。


「わた…し…は…クロエ…」


その時だった。


「……違うっ……!」


柊さんの鋭さと気高さを湛えた金色の瞳が、少女を見据えていた。


「…その声は、その…顔は、その瞳は…お主の中には……栞が…おるのじゃ!」


言葉を出すのも苦しそうに、それでも確かな意思を持ってクロエに伝える。


「しお…り…?」


クロエは座ったまま柊さんへ視線を向ける、その目と鼻からは血が流れ出していた。


柊さんは這うようにクロエに近づき、肩を抱く。


「妹が、確かに――お主の中で生きている!」


血と涙でぐちゃぐちゃになった柊さんの顔を、クロエの瞳がぐるりと捉える。


ノイズの中でも、その言葉は確かに届いていた。


私もクロエに駆け寄り、言葉をかける。


「あなたは……誰かに造られた存在かもしれない。でも」


「その感情、その痛み、その記憶はーー“本物”よ!!」


私はクロエの顔を真っすぐ見ながら手を差し伸べる。


「わ…わたし…は…」


震えるクロエの手が、ゆっくりと伸び私の手に触れた瞬間ーー


バチィッ!!


私とクロエの手の間で火花の様な閃光が発生し、何かが弾けた。


その途端クロエは白目を剥き、その身体がぐらりと揺れ倒れる。


「栞!」


柊さんが倒れたクロエを抱きかかえる。その背中から、まるで瘴気のような黒い影が剥がれ落ちた。


『……まさか……』


ゾンメルの声が、遠く苛立ちを帯びて揺れていた。

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