暗部
ーーバチバチバチバチ……!!
膝をついたヴォルテールに畳み掛けようと近寄ろうとしたその時、激しい火花が澪の足元を焼いた。
「くっ!」
澪は咄嗟に横へと身を躱し、間一髪で爆裂の直撃を避ける。だが爆風で吹き飛ばされ、柊とぶつかって床を転がった。
床が黒く焦げ、破裂音と振動が重なり空間そのものが歪んだような異臭が立ち込める。
「なんじゃあ!?こりゃぁ?!」
雷蔵が低く唸り悔しげに歯噛みする。こはるが目を見開き叫ぶ。
「皆、気を付けて!…空気が…違う!」
目前の巨影ーーヴォルテールは今、第二形態とも呼ぶべき形相へと変貌していた。
バチバチと音を立てながら全身に走る雷光、過負荷で発光する関節、咆哮とともに放たれる放電の奔流。
4人がかりでも歯が立たない。既に追い詰められているのは、こちら側だった。
「……ちくしょう、なんて火力だよッ!」
雷蔵が吐き捨てると同時に、ヴォルテールが右腕を振りかぶった。
直後、轟音ーー
「くっ……!」
銃剣を握り直す暇もない。澪は横跳びでそれを回避する。
ヴォルテールの巨体は、今や蒼白い閃光に包まれていた。全身の機構を強引に電撃モードへと切り替えたのだ。
「ハアッハァ!俺様は負けねぇぞ!!」
怒気を孕んだ声でヴォルテールが叫ぶ。熱で内部機構が臨界に達しつつある今、電撃モードは冷却と攻撃を兼ねた戦闘形態だ。
「ちくしょう……これで終わらせるつもりかよッ!」
雷蔵が叫ぶ。だが、その言葉と同時に、ヴォルテールが腕を振り上げた。
爆発するような閃光ーー
床が抉れ、天井が砕け、背後の壁面が吹き飛んだ。異常な高圧放電による一撃が、選考施設の構造ごと貫いたのだ。
「壁が……ッ!?」
飛び散るコンクリート片、焦げた金属の破片。床を這うように立ち上る白煙の向こう
澪は息を呑んだ。崩れた瓦礫の向こうーーそこに現れたのは、まったく異なる空間だった。
殺風景な白い壁、無機質な照明、並ぶ培養槽。液体に浸された“人”の形をしたシルエットが、いくつも浮かんでいた。
「……な、んじゃここは……」
柊の声が震える。
壁面に並ぶ文字が自動点灯し、ラベルのように浮かび上がる。
> 《NO.217/観察中》
> 《NO.096/記憶構成フェーズ移行》
> 《NO.003/死後回収・培養率38%》
“死後回収”ーー“記憶構成”ーー
選考で死亡した候補生、あるいは禊によって消されたはずの者たちが、培養槽の中で保管・再構築されている。
「これは……再生処置!?まさか、選考の裏で……こんな……!」
こはるの声が硬くなる。澪はカプセルの一つに駆け寄った。中に浮かぶ、見覚えのある顔――
(……燈ちゃん!?)
禊処理で光を放ちながら崩れたはずの少女。だが、ここには確かに、かつての彼女と同じ何かが眠っていた。
その瞬間だった。
『ヴォルテール』
電子的な声が空気を裂いた。
音源は、彼の内部通信機構。
その声は低く、冷たく、絶対的だった。
『作戦規定・第13条。対象空間の露見に伴い、行動を中止せよ。破壊は許可されない』
「…ッチ!」
ヴォルテールが舌打ちとともに動きを止める。
「……指揮系統か!?」
雷蔵が低く呟く。だがヴォルテールは拳を引かず、視線を澪たちに向けたまま、静かに唸りを上げていた。
「まさか、命令を……無視する気かのう?」
柊の声に、こはるが首を振る。
「……違う。迷ってる。命令と……殺意のはざまで、均衡してる」
『ヴォルテール、再指令を発する』
再び機械音声。
『“鏡心”の名において、選考外行動を凍結せよ』
その一言に、巨体がぴたりと動きを止めた。
沈黙。
数秒間の沈黙の後、ヴォルテールはゆっくりと腕を下ろした。発光していた各部が徐々に沈静化し、電磁波の唸りが空気から消えていく。
「鏡心……?」
澪の表情がこわばる。それは初日に候補生が集められたホールで聞いた名だ。仮面をつけた法衣の人物……
「……チッ、命令には逆らえん……か」
ヴォルテールは一歩後退し、カプセルと装置群を背後に庇うような動作を取る。
そして、視線で「ここを追うな」と告げるように、一同を見据えーー
瞬間、閃光と共に姿をかき消した。
高圧放電による撹乱フィールドと共に、巨体は闇の奥へと消えていく。
静寂。
破壊された壁から、冷気のような空気が漏れていた。
誰も言葉を発せぬまま、澪たちはゆっくりと施設内部に踏み入る。そこには、想像を超える選考の“裏側”が広がっていたーー




