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一次選考の果て

「チッ!あのカズって野郎、絶対ぇ〜ぶっ殺してやるかんな…」

怒りが収まらないポニーテールの少女の恨み節が響く中、金属質な響きを立てながら、四方を囲む扉が閉じていく。最後に、澪たちの足元に伸びる「7」の光も消えた。


完全な密室。


天井から差す照明が、無機質な白で室内を照らしている。

アナウンスが流れる


「本課題は提示されるフィールド資材による課題解決。行動履歴、発言、心理変動、全てが評価対象。なお、協調性、攻撃性、離脱意志は強く考慮される」


中央には、一基の装置。古びた自動販売機のような形状で、液晶パネルは割れており、配線が露出していた。


「なんだぁ?あのオンボロを直せってことか?」


ポニーテールの少女の言葉に澪は思わず眉をしかめる。外見は古く、埃だらけだ。背面には端子部や排熱ファンなどがむき出しで見える。


「なんか……思ったより、ボロい?」


あは、と笑いながらおっとりとした口調で、長髪の少女が言う。


澪のように機械を見慣れていないらしく、どこを見ればいいか分からないという戸惑いと、新しいおもちゃを見る子供の様な表情が混在していた。


「これはただのハリボテじゃない。後付けで部品が追加されてる。ってことは、通電ルートがどこかにあるはず……」


澪は呟きながら、腰を落として背面を覗き込む。


「それより、時間。あと、情報確認をしておいたほうがいい」


眼鏡の少年が、冷静にブレスレットをタップした。そこには「タイムリミット:34:58」の表示が浮かび、同時に最低限のマニュアルが地面に投影される。


「え?なんだよ?!これそんな機能が付いてんのか?」

ポニーテールの少女が少年のブレスレットを覗き込む。


「ちょ、ちょっと、近いよ、離れてくれないかな」

ポニーテールの少女は人との距離感が近いのか、お構い無しに続ける。


「よー!アタシにも教えてくれよ、使い方!」先程までの剣呑な表情から一変して、嬉々として少年に問い続ける


「は?こんなの教えなくても分かるだろ!今は時間が惜しいから後にしてくれ!」

少年は少女に背を向け、地面に投射された資料を見ていく。


「配線、ソフト構成、制御系、全部バラバラ……でも理屈は単純。三つのモジュールを順番に再起動すればOK。電源供給、システムリンク、出力テスト。ただ…」


「ただ?」


澪の問いに少年が少しだけ言い淀む。


「…あそこの追加されたと思われる部分の情報が、全く無い」


「見たところ旧式のモーター式ファンと制御盤だとは思うんだけど、間違えると最悪は過負荷で焼けるかも…」


ポニーテールの少女が、指を鳴らした。

「つまり、慎重にやらないと“禊”ってやつになるんだな?」


その言葉に、空気が一瞬、凍った。


“禊”。それが何を意味するのか、誰も知らない。ただ、語感からはとても良いものだとは思えない。


「まぁ分かんねー事で悩んでてもしょうが無えーしな、時間も無いから動くしかねーな。アタシが出力側いじる。こっちは任せたから、テメーらミスんなよ」


「いや、それは危ない。順番を――」

「口出しすんな、黙ってそっちやっとけ」


 強引に装置に向かう少女を制しきれず、眼鏡の少年が舌打ちを漏らす。


澪は、彼らの言い合いを脇に置き、装置背面の排熱ユニットを外しながら言った。

「こっちの基板が割れてる。だけど、似た端子が余ってる。入れ替えられるかも」


暫く黙々と作業を続ける3人。ロングヘアーの少女は機械や電気には疎いらしく、言われた工具を手渡したり、部品を預かったりと、周りをウロウロしているだけだった。


「……そのパーツ、さっき動かしたらカタカタ鳴ってた。壊れてるかもしれない」


長髪の少女がぽつりと呟いた。まるで独り言のようだったが、澪の耳には届いた。


「それ、どこで鳴った?」

「……下の方、右。中で、何か引っかかってるような音だった」


澪は少女の言葉を信じ、排気ダクト内を確認する。

後付けされたモーターを固定するボルトが外れかけている。


「軸がブレてファンが当たってるのね…モーターも上手く回って無いみたい」


澪が手を伸ばしてモーターを取り外そうとしたとき、遠くの壁越しに、金属音と何かが倒れる音が聞こえた。

不審に思う間もなく急にアナウンスが流れる。澪はビクッと身体を震わせ、耳を傾ける。


『グループ3、失敗。対象候補生:禊処理へ移行』


「へっ、何だよアイツら、エラそうに言ってた割に、一番最初に脱落かよ」ポニーテールの少女が意地悪そうにシシシと笑う。


次いで、扉の向こうに、誰かの悲鳴。そして静寂…


「なんだ?急に静かに…っと…何だっけ?グループ3のやつら……?」


ポニーテールの少女が訝しげに眉を顰める。


「えーっと、なんだっけ?確か?あれ?おかしいな…」


澪のこめかみを冷たいものが流れる。グループ3、確かに同じ候補生だった筈だ。でも"知らない"。いや、知っていた筈だ。でも知らない。何、この感覚…


澪は確かに、移動前のホールでその顔を見たはずなのに、もう名前も姿も浮かばない。気持ち悪い。寒気が走る。吐きそうだ。


(これが……“禊”)


どう言う仕組みか分からない。だが、ポニーテールの少女も同じ様子で顔面蒼白だ。どうやら禊を受けると、周りから「忘れられる」のだ。


澪は、自分の足元を見た。いつの間にか、靴底に埃がついている。


この部屋に来るまでの記憶も、確かにあったはずなのに、思い出すのが難しい。


(もし私が失敗したら…?おじいちゃんからも忘れられてしまう…?嫌、そんなの嫌だ!)


「おい、大丈夫か?」


少年の問いかけに澪はハッと我に返る。


「良くわからないが、禊ってのは厄介みたいだ。だけど僕たちはまだ失敗していない、成功さえすれば良いんだ…!」


額に汗を光らせながら、まるで自分に言い聞かせるように少年が澪に告げる。澪は無言で頷くと、スパナでボルトを緩め、モーターを取り外す。


「昔資料で見たことはあるけど、DCモーターなんて初めて見るよ」


先程のショックを隠す様に、少年は明るく振る舞っている。


「そう?私は小さい頃から触ってるから…」


手早くモーターを分解し、ブラシ部分を確認する。


「ブラシのカスが溜まってショートしてたのね。掃除すれば何とか動きそう!」


澪の手慣れた手つきに感心している少年にロングヘアーの少女が声を掛ける


「ねぇ!もう時間が無いよ!」


時計の残り時間は10分を切ったところだった。


「そっちは?どうだ?」


少年がポニーテールの少女に大声で問いかける。


「うるせーな!そんなデケー声出さなくたって聞こえてんよ!もう終わるぜ!」


すぐさま、彼は配線のルートを変更し、サブ電源からの供給に切り替えた。


ブレスレットのタイマーが5分を切る。


「リンク、点灯確認!」


 眼鏡の少年が声をあげた。


「出力、反応アリ……っ!」


「あっ!待って!モーターがまだ!」


急いで作業するため、配線を繋いだままだったモーターが、通電されたことで動き出し、澪の手の中で暴れ、床に落下してしまう。


「クソ!ごめん!一旦電源落とす!」


少年が装置の電源を切り、床に散らばったモーターとファンを澪に手渡す。


「頼む!僕では直せない!」


澪は頷くとレンチを取り出しモーターとファンを連結する。


「オイオイオイオイ、やべーぞ!あと2分しか!」


「スパナ!」澪が装置の下に滑り込みながら手を掲げる


「はいっ!」


ロングヘアーの少女がスパナを持って澪のもとに走る…が転んでしまう!


「?!」


まるでスローモーションのようにスパナが中を舞う。


(時間が!おじいちゃん!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌イヤイヤ……!)


スパナが床に落ち、乾いた音がこだまする。


チリチリと首の後ろが焼かれるような感覚がする。


(澪、これはじいちゃんの裏技だ、こんな時にはな…)


澪はカッと目を大きく見開き、設備の下に素早く潜り込んで叫ぶ


「ねえ!電源!入れて!!」


澪の叫び声に、雷に撃たれたように少年が電源スイッチを入れる!


ロングヘアーの少女はブレスレットの表示が0を示しているのを見た……


ポニーテールの少女は装置の中央、パネルに赤いランプが灯ったのを見た……


*

*

*


瞬間、天井から電子音が鳴る。


『グループ7、課題達成。選別結果:全員通過』


*

*

*

*


「マジで、こいつがコケた時は終わったと思ったぜ!」


ポニーテールの少女が試験会場からの出口を歩きながら、ロングヘアーの少女を小突く。


「ふぇぇ…ごめんなさぁい…」


「でも、あの状況で一体どうやったんだい?正直僕も失敗したと思っていたけれど」


眼鏡の少年が不思議そうに澪に尋ねる。


「フフ、これ」


澪は笑いながらレンチを取り出してみせた。


「おじいちゃんが昔やってるの思い出したの。固定用ボルト代わりにレンチ突っ込んで、モーターを手で押さえるの。回転方向の力はレンチが受けてくれるから、短時間なら手で押さえただけでも動かせるのよ」


笑顔で答える澪に、少年は心底感嘆して言う。


「なんと、まあ、あの瞬間にそこまで対応できるとは。恐れいったよ。」

ふー、と息を吐き手を差し出す。


「僕は葵、橘葵だ、よろしく」


少年が差し出した手を握り返し、澪も名乗る。


「葛城澪、よろしくね橘君」


ポニーテールの少女が澪の背後から勢い良く肩を組んでくる。


「澪!オメー、ハンパねーな!アタシは柴崎燈ってんだ!燈って呼んでくれよな!」


「あと、オメーの名前は?」


燈はロングヘアーの少女をゲシゲシ蹴りながら促す


「ふぇぇ…こはるですぅ、南雲こはると言いますぅ」半泣きになりながらヨタヨタとついてくる。


「燈ちゃん、いじめちゃ駄目だよ。」

「こはるちゃん、宜しくね」


澪が笑顔で差し出した手を、こはるは両手で握って目をうるうるさせていた。


「澪ちゃぁん、ごめんねぇ、転んじゃってぇ…私、運動苦手でぇ…」


「何はともあれ、何とか一次選考はクリアだな、この先も気を引き締めていこう」


葵の言葉に強く頷く3人だった。

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